卒業試験が終了し、日が沈み始めた夕刻。

木ノ葉の里は軽いお祭り騒ぎだった。

真新しい額当てを身に着けた子供達が、家族と一緒に卒業祝いをしているのだ。

里の市街地には屋台や出店が並び、飲食店は家族割引のキャンペーンを実施している。

忍の里にしては似つかわしくない光景だが、同郷意識の強い木ノ葉ではそう珍しい事でもない。

ぶっちゃけ、毎年の恒例行事だったりする。

「ねーねー父さん、あれ買ってよ!」

「ははは、しょうがないなぁ。 今日だけだぞ」

笑顔の絶えない親子。

ついでに、笑顔の絶えない商売人。

人は幸福な状態だと、高い確率で財布の紐が緩む。

まして、家族を大切にする木ノ葉の里人だ。

卒業した我が子を祝う為なら、多少の出費は惜しまない。

それを熟知しているからこそ、商売人は笑いが止まらないのである。

まぁ動機は何であれ、木ノ葉の里は幸福感に満ち満ちていた。

・・・・・・極僅かな例外を除いては。













「ちくしょ〜〜〜!! どいつもこいつもニヤニヤしやがってよぉ!!」

「ぺっ! うかれてんじゃねぇつんだよ!」

とある居酒屋の片隅で、一升瓶を煽り唾を吐く怪しい2人組。

無論、河矢久パパとイタチ兄さんである。

「ね〜ね〜お母さーん、あれなぁに?」

「シッ! 見ちゃいけません!!」

くだを巻く酔っ払いを指差す我が子を叱り付け、主婦と思しき女性がそそくさと席を立つ。

まぁ酒かっ食らって自暴自棄になってるダメ人間に対しては、正しい対応である。

今の河矢久とイタチを見れば、九割の者が同じ反応を示すだろう。

一部には、

「う〜ん、何故かあの声に聞き覚えがあるんだけどなぁ」

「そいつぁ奇遇だな・・・実はオレもなんだよ」

「ははははは。 何だ何だ2人して。
 あんな怪しいのが、知り合いに居る筈ないだろ。
 シカクもいのいちも酔ってるんじゃないのか?」

なんて事を言う者もいるが、それは極めて一部である。

2人を視界に入れた者は大抵が顔を顰めている。

だがそうした反応を示す人々は、自分達がこの痛々しい2人組の片割れを英雄と崇拝しているとは夢にも思うまい。

「何見てるんじゃワリャ!?」

「喧嘩なら何時でも買ったんぞこの野郎!!」

世間の眼差しに益々荒れてしまう2人。

本当に迷惑極まりない。

特に商売に精を出している者達からすれば、立派な営業妨害である。

そもそも見た目からして胡散臭い2人なのだから、こんな事をしていなくとも臭い飯を食うのは確実だ。

「グスッ・・・なんでさ・・・なんであの万年中忍なんだよぉ!!」

さて、別に放置していても構わないのだが、いい加減この2人が凹んでいる理由を説明しよう。

それは、午前中の出来事である・・・。













「い、いくってばよ!!」

舐り上げるような粘っこい視線が注がれる中、卒業試験に臨むメン。

相変わらず緊張してはいるものの、最初に比べると幾分マシになった様子だ。

「すーっ・・・はーっ・・・」

目を閉じて深呼吸を一つ。

すると緊張していたのが嘘の様に、全身の神経が研ぎ澄まされていく。

そしてメンが目を開いた刹那、力強い波動が迸る。

それは例えるなら、小さな台風のようだった。

―ば、馬鹿な!! なんてチャクラだ・・・!!

華奢な体から溢れ出す圧力に、イルカは怯みそうになった。

部屋全体を覆い尽くす途方もないチャクラは、とても下忍の枠に収まるようなものではい。

今期の受験生随一、いや、アカデミーの教官達をも凌いでいる。

((行ける!!))

振動する窓ガラスに必死で張り付きながら、河矢久とイタチはガッツポーズ。

既に勝利を確信しているらしく、2人の顔は喜悦に歪んでいる。

【影分身の術!!】

メンの両手の指が十字に交差した瞬間、ボン!という破裂音が響く。

そして真っ白な煙と共に、実体を持った分身が部屋を埋め尽くした。

「・・・・・・」

イルカは声を失う。

それはそうだ。

ついこの間まで、分身の術さえ満足に出来なかったメンが、上忍でさえも困難な高等忍術をやってのけたのだから。

「ご、合格だ」

認めるしかない。

イルカは軽い困惑を覚えながらも、そう判断を下した。

「ホント!? ホントに合格なの!?」

「あ、ああ」

「ぃやったぁ―――!!」

メンは両手を高らかに突き上げ、大はしゃぎする。

((イェス!! イェース!!))

ついでに河矢久とイタチも。

(くぅっ!! 嬉しい! 父さんは嬉しいぞッ!!)

(同感です!! 飲みましょう! 今夜はトコトン飲みましょう!!)

(実は既に予約してるんだな、これが!!)

(父さん、流石です!)

2人の喜びようと言ったら、頭のネジが飛んだのではないかと錯覚する程だった。

まぁ、重度の親馬鹿と兄馬鹿であるから、仕方がないのだが。

(うぅ・・・でも、本当に良かったぁ・・・)

(・・・我々の努力が実を結んだようですね)

イタチは懐からハンカチを取り出し、感涙に咽ぶ河矢久にそっと差し出す。

ちなみにイタチの言う努力とは、『メンたん絶対合格!』のスローガンの下、ナルトの監視を掻い潜って木ノ葉に潜入し、裏工作に血道を上げてきた事を指す。

例えば。

悪い虫が着かないように、少しでも接点のある同級生(異性)に雑誌の切り抜きで作成した脅迫状を送ったり。

ラーメンを餌にメンを手懐け光源氏計画を画策する万年中忍のような卑劣な輩(あくまでも馬鹿父兄の主観)に、夜な夜な幻術を掛けて悪夢を見せたり。

メンの護衛役という名目の下に厚かましくも私生活に踏み込んでくる某里一番(主観ではなく事実)に、バレないように証拠を隠滅しつつ暴行を加えたり。

河矢久とイタチの経験則に基づいた実践的なトレーニングメニューを書き記したメモをメンのアパートのドアの隙間に挟んでおいたり。

まぁ他にも色々あるが、概ねこんな感じだ。

あまり碌な事をしていない気もするが、今回の試験に関しては少なからず尽力している事を認めねばならない。

メンが精神を集中出来たのは、数日前に2人から届いたメモのお陰なのだ。

ちなみにメモの内容は次の通り。

『愛しいメンへ。
 チャクラ量の多い君には、普通の分身の術は向いてないと思う。
 だから、分身は分身でも影分身の術を練習するといい。
 やり方はココに描いておきます。
 可愛くて賢いメンなら、一日もあればマスター出来ると思う。
 それから、本番で緊張した時は深呼吸をするといい。
 肩の力を抜いてやれば、必ず出来る。
 自分を信じて、日頃の練習通りにやればいい』

追記しておくと、あわよくば自分達の行動であると気付いてもらえるように、己の毛髪を随所に散りばめておいたりもした。

だが残念ながら、メンは河矢久とイタチの仕業だとは気付かなかった。

それどころか、2人を奈落の底に蹴落とすような勘違いをしてくれていた。













合格を言い渡されて暫く経ち、全ての受験生が居なくなった教室。

「イルカ先生・・・居る?」

試験の後片付けをしているイルカの所へ、メンがやってきた。

無論、姿が見えないだけで河矢久とイタチもどっかに居る。

多分、天井辺りが怪しい。

「どうした、何か用か?」

「うん」

扉の隙間から恐る恐る顔を覗かせるメンの額には、合格の証である額当てが巻かれている。

それを見せるのが照れくさいのか、メンは扉の影から出てこようとしない。

イルカはそんな様子に苦笑を漏らしながら、黙々と作業を続けた。

「・・・イルカ先生に・・・その、お礼が言いたくて」

暫く中に入るか否か迷っていたメンだったが、やがて意を決したように教室に足を踏み入れた。

「お礼? 何の礼だ?」

イルカは何の事だかさっぱり分からなかった。

それもその筈。

メンが言っているのは、河矢久とイタチから送られたメモの事。

あろう事かメンは、それがイルカの手によるものだと勘違いしていた。

「何のって・・・試験のお礼だってばよ」

「ああ、それなら礼なんて要らないよ。 全部お前の実力さ」

「でも私、先生のアドバイスが無かったら、きっと合格出来なかった」

「(? アドバイス? そんなのしたっけ?) いや、オレは何もしてないよ」

イルカは何の事か本気で分からない。

教師というのは全ての生徒に平等であるべきだ。

特定の者を軽視する事は勿論、特定の者に肩入れしたりも出来ない。

それがイルカの教育論である。

その為、如何にメンが四代目の忘れ形見であるとはいえ、他の生徒と異なる待遇をした覚えはない。

アドバイスと言われても、他の生徒と同じような基本的な指導しかした事がないのだ。

イルカが本心から首を傾げている間にも、メンの誤解は更に深くなっていく。

困っている自分を助けてくれたのに、その事実を隠し通そうとするイルカ。

その姿勢がメンにとっては、小説に出てくるヒーローみたいに映っていたのだ。

故にメンの瞳には、何とも言えない色の光が灯っていた。

これが面白くないのは、同じ空間の中で息を潜めていたヤモリ達である。

2人の顔には、大小無数の血管がビッシリと敷き詰められている。

―お、おんのれ〜〜〜!!

―メンさえ・・・メンさえ居なければ〜!

メンさえいなければ、今この場でイルカを惨殺している。

速やかに、そして確実に。

「私も手伝う」

「そ、そうか?」

しかし2人の妄念とは裏腹に、メンはイルカの傍に歩いていく。

どんな形でもいいから、恩返しがしたい。

そんなメンの想いが、2人には手に取るように分かった。

分かったからこそ、イルカに対する殺意が深くなった。

本来なら、感謝されるのは自分達の筈なのに。

メンの好意を受け取るのは、自分達の筈なのに。

悔しい。

めっさ悔しい。

そしてこの万年中忍が妬ましい。

こうしてジェラシー全快の父と兄は、脳内でイルカの処刑を断行し始めた。

「・・・う〜ん、なんか悪いな。 よし、じゃあ全部終わったらラーメンでも食いに行くか!」

「ホント!? ホントに!?」

「ああ、約束する」

「やったぁ!!」

「お、おい・・・くっ付くなって」

メンは喜びのあまり、イルカの首にぶら下がった。

イルカは困っているような素振りを見せはするが、無理に振り解こうとはしない。

(こ・・・殺す!)

河矢久はこの瞬間、螺旋丸による制裁を決意した。

そしてイタチもまた、天照による滅殺を決定した。

ところが、その矢先。

「イルカ先生って、なんか・・・お父さんみたい」

「!!?」

メンの口から爆弾発言が飛び出した。

しかも、超特大。

河矢久にとっては原爆並の破壊力だった。

「おいおい・・・お父さんはないだろ。
 そりゃあ年のわりには老けてるって言われるけど、一応まだ25なんだぞ」

イルカはイルカで傷ついているみたいだが、河矢久のダメージとは天と地の開きがある。

―・・・父さん、気の毒に。

頬に一筋の涙を伝わせながら、どうやってフォローしようか悩むイタチ。

と、そこへ。

「う〜ん・・・。 じゃあ、お兄ちゃん!
 ・・・見た目的にはちょっと無理あるけど」

「!!?」

二度目の爆撃が敢行された。

さっきのが原爆なら、今度のは水爆だった。

「何がどう無理だって〜?」

「いひゃい!! いひゃいってばよ!!」

額に青筋を浮かべたイルカに頬を抓られ、涙目になるメン。

何時もの河矢久とイタチだったら即座にイルカを撲殺しているところだが、生憎そんな余裕は欠片も残っていなかった。













・・・・・・とまぁ、2人がぐだぐだになっているのはこんな理由だ。

「・・・・・・」

店の主が、チラッと2人を流し見る。

しくしく。

しくしくしくしく。

涙と鼻水を垂れ流し、テーブルを汚す迷惑な2人。

どよ〜んとしたオーラを撒き散らし、客足を遠退ける腹立たしい2人。

『あんたら目障り。 今すぐ帰ってくれ』

そう言えたら、どんなに楽だろう。

これは、この店の総意である。

だが、思っていても口に出すことが出来ない。

店主だけでなく、従業員達も同じだ。

2人の珍客が背負っている負のエナジーはあまりにも濃厚。

感情に任せて迂闊な事を言えば、一升瓶を叩き割りその破片で手首を切って果てるだろう。

流石にこの店で死なれるのは拙い。

今後の営業にも差し障るし、自殺幇助の罪に問われる可能性だってある。

(親っさん、どうするんです?)

従業員の1人が、店主に耳打ちをする。

(・・・どうにもならんだろ)

店主の口から漏れたのは、半ば諦めの入った溜息だった。






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