NARUTO
〜九妖忍法帳〜 61話目
―ううっ、こっち見てる。
―…やっぱり避けられてる。
ヒナタとテマリが悩みを抱えているように、他の受験生達もそれぞれがそれぞれに何かしらの思いを抱えていた。
―うちはサスケ…腕の借りは必ず返してやるぜ…。
―何だあの野郎。 ガン付けやがって。
―何よ、木ノ葉のルーキーみんな居るじゃない。
―良かった〜、サスケ君生きてたのね〜♪
―あー、腹減ったー…。
―げっ、やっぱ玉藻さん来てるし…。
―やはり先生方の中でガイ先生が一番ナウいです! 光ってます!
よぉ〜し、見ていて下さいガイ先生! ボクも光ってみせます!!
―毎朝オレの為に味噌汁を…。
…もう少し捻った方がいいな…。
―またお会い出来て、ハァハァ、嬉しいです…お姉さま…ハァハァ…。
「シロちゃんどーしたの?」
「…ちょっと寒気が…」
会場の中に色んな思念が飛び交っている。
受験生に限らず、上忍どうしの間でも。
「ふ。 中々やるじゃないか、お前のチーム…。
…運が良かったかな。 だがオレのチームがいる限り、これ以上は無理だな…。
何せ次の関門では否応なしに実力が物を言う。
まあ、青春とは時に甘酸っぱく時に厳しいモノだよ…カカシ…」
自分の教え子の力に揺ぎ無い信頼を置くガイは、永遠のライバルに高らかに勝利を宣言する。
しかしカカシは、キラリと光る視線を少しも見ていなかった。
偶然隣に並んだ他所の上忍に話し掛けている。
「あのー。 失礼ですけど、以前に何処かでお会いしてませんか?」
「…………さぁ」
話しかけられた人物は、渋い声で返事をするとそれっきり黙ってしまう。
―ふっ、やるじゃあないか…我がライバル、カカシ…。
でもお前のそう言う所がまた、ナウい感じでムカツク…。
発言どころか存在そのものを無視するようなカカシの対応。
妙な敗北感を感じたガイは、拳を握り締めて悔しがっている。
カカシが話しかけた人物も、首筋に浮かんだ血管を見るに相当怒りを堪えている様子だ。
何故かというとその人物は、月隠れの上忍という名目で会場に潜り込んだ再不斬なのであった。
―なにのほほんと話し掛けてんだこの野郎…!! ぶっ殺すぞ!
―カカシさん、気付いてあげて下さいよ。
再不斬さんああ見えて寂しがり屋なんだから。
白に同情されるぐらい再不斬は苛立っている。
愛らしくデフォルメされた鬼の面で顔を覆っていても、体型や声は弄っておらず地のまんまだ。
しかも波の国で死闘を演じてから、そう大した時間は経っていない。
あの闘いの記憶があるのなら、もうちょっと反応を示してもよい筈だ。
なのにカカシときたら、もう再不斬に興味をなくして小説なんぞ読みだしている。
再戦の機会があったらその時は絶対殺してやる。
カカシを横目で睨みながら、固く誓う再不斬であった。
…睨むといえば、三代目の斜め後ろの上忍もカブトを妖しい目で睨んでいた。
頭に巻いているのは、音の額宛。
―…う〜ん。 チャクラの波長がモロに大蛇丸と一致するんだが…。
影分身のナルトは首を捻っていた。
―でもじいさん達にそれらしい素振りがねぇし……俺の勘違いなのか?
仮に大蛇丸だとしたら、自来也と三代目がああも暢気に構えているのは変だ。
2人が態度を偽っている感じでもないという事は、自分の思い過ごしだろうとナルトは結論付けた。
だが本当は、ナルトが最初に感じた懸念は正しかった。
自来也はツクモに夢中で、三代目は素で気付いていなかっただけであった。
―ふふッ…巧く隠しているつもりでしょうけど、カブト…あなたの魂胆はお見通しよ。
大蛇丸は唇を歪めて静かに笑った。
カブトは会場の大蛇丸に気付いていた。
気付いていながら一度も見ようとはせず、ずっと玉藻の方ばかり見ている。
大蛇丸はそれを全て承知した上で、嬉しそうに舌なめずりをした。
―木ノ葉に来て本当によかった。
これでまた一つ、私の楽しみが増えたわ。
何とも不可解な、そして不気味な態度であった。
凡そ常人には理解しがたいものがあるが、その図太さの1割でいいから今のイルカに分けてやってほしい。
イルカはまだ悩んでいた。
ナルトはまぁ何時もの事だからいいとしても、ヒナタのあの様子はどうにも気掛かりだった。
自分に言えた義理ではないが、もう少し心に余裕を持たなければこの先危うい。
―後で声を掛けてみるか…。
イルカはそう思いかけて、ハッとなった。
―いかんいかん!
いくら教え子だからって、試験官が特定の受験生に肩入れしてどうする!
試験官である以上は、全ての受験生に対し公平でなくてはならない。
仮に試験官でなかったとしても、班員の悩みを解決するのは同じ班員、もしくは直接の上官である紅の役目。
でなければ、チームを組んでいる意味がない。
元より自分の出る幕ではない…と、イルカは思い止まった。
しかし肝心キバとシノは、連日の疲労がピークに達しそれどころではなかった。
2人とも立ったまま船を漕いでおり、ヒナタの異変に全く気付いていない。
頼みの綱は紅だけなのだが、彼女は深紅の瞳を試験官の列に向けて小声で何かを呟いている。
火影の右手に控える九妖と、左手に陣取る玉藻。
玉藻の方は頻りに体を揺らし、落ち着きがない。
受験生の列の最後尾にいるツクモが、気になって気になって仕方がないのだった。
溺愛する娘と離れ離れになってからの5日間。
枕を濡らさぬ夜は1日とてなかった。
―嗚呼…抱きしめたい。
今すぐ抱きしめてやりたい。
そしてあの柔らかい頬に思いっきり頬擦りしたい。
しまくりたい。
逝ってしまった眼で、指をワキワキさせる玉藻。
「それでは、これから火影様より第三の試験の説明がある。 各自心して聞くように!!」
「……ゴホン……」
アンコに促されはしたが、説明を始める前に隣をどうにかしなければ、どうにも緊張感に欠ける。
三代目はわざとらしく咳払いをしてみた。
が、その程度で自重するような相手ならば苦労はなかった。
「…あの、玉藻殿」
「……何だ猿飛。 説明でも何でもさっさと終わらせろ。
母の愛に餓えた愛くるしい娘がおるのだ。
話が長引けば私が幕を引いてくれるゆえ、さよう覚悟せよ」
いいな?と、真面目な顔で脅迫された。
元より話の通じる相手ではなかった。
―このままやるしかないかのう。
三代目は重い溜息を吐いた。
普段ならこういう場合ナルト経由で説得してもらうのだが、生憎今はその手が封じられていた。
暗部姿で火影の横に控えているナルトは、後頭部に突き刺さる視線によって硬直し使い物にならなかった。
無論ナルトが金縛りになる程の眼力の主は紅。
「我慢…我慢よ私。 部下達の晴れの舞台ですもの…。
娘が何よ。 それが何だってのよ。 九妖の子じゃないわ、きっと。
連れ子よ連れ子。 性悪女の連れ子。 そうよ、そうに違いないわ」
ボソボソと囁かれる呪詛によって、周りの空気が完璧に凍っている。
あのアスマでさえ二の足を踏んでいる。
ちなみに紅の独り言が始まったのは、ツクモが会場に入ってきた瞬間からである。
ナルトは振り向く事も話しかける事も出来ず、足元に水溜りを作っていた。
ナルトの名誉の為に言っておくと、水溜りの成分にアンモニアは含まれていない。
一滴残らず冷や汗である。
―う、動けない。
僅かでも刺激を与えれば破裂する。
近くに居た誰もがそう思っていた。
だが、そんな矢先。
―父上〜♪
―ちょっ!?
列の最後尾からひょっこり顔を覗かせたツクモが、少し照れた様子でナルトに手を振った。
―何でよりによってこっちに…!
近くに変化していない影分身が居るというのに、ツクモは変化した方が本体である事を見抜いた。
技量ではなく本能の成せる業であった。
ただ、タイミングとしては最悪だった。
「あぁ……殺したぁい……」
紅、マジギレである。
怖い。
超怖い。
腸が煮えくり返っているのに、優しい声で言うものだから尚更怖い。
だが、それでも娘を無視する事は出来なかった。
ナルトはグギギっと腕の関節を鳴かせながら、汗ばんだ掌をぎこちなく振り返した。
涙で霞んだ視界の中、ツクモの綻んだ顔が見えた。
その時、すぐ傍でバリッ!と何かを噛み砕くような音がした。
―…ま、また新たな殺気が…。
とてもよく知っている殺気だった。
「なぁんで母上もいるのに、おぬしにだけ手を振るのだろうなぁ」
常時娘に照準を合わせていた玉藻の眼が、娘の行動を見逃す筈がなかった。
己を差し置いて、美味しい想いをしやがって。
例えナルトであっても許せぬ。
奥歯に罅が入って、口から血を垂している玉藻。
ナルトはもう笑いしか出てこなかった。
「たたた玉藻殿! 殿中でござる! 殿中でござるぞ!!」
早々と諦めている当事者を他所に、三代目が懸命に玉藻の腰に喰らい付く。
付き人と間違えられてもやはり火影を名乗る程の忍。
受験生に被害が出ぬよう老体に鞭打って抗っている。
だが悲しいかな50kgそこそこの体では、大した足枷にもなれずいいように引き摺られる。
世の中、決意だけではどうにもならない壁があった。
「ちょっとアンタ達。 時と場を弁えなさいよね」
アンコが仲裁に入ったものの焼け石に水。
一瞬玉藻の歩みが止まったが、それだけだった。
他の試験官達は玉藻の怒気に足が竦んで、加勢に入る事が出来ないでいる。
そんな時だった。
一連のやり取りを見ていた白が、孤軍奮闘の三代目を気の毒に思って助け舟を出した。
「ツクモちゃんツクモちゃん」
「なぁに?」
「玉藻さんにも手を振ってあげないと…ホラ、拗ねてますよ?」
「…もー…しょうがないなぁ、母上は」
「ええ、本当ですね」
白は心底ツクモに同意しながらポーチから丸薬を一粒取り出し、それを壇上のアンコに向かって投げた。
「! (白?)」
飛んできた丸薬に気付いたアンコが白の方を見ると、白がツクモを指差しながら目で何かを訴えていた。
成る程と、アンコは頷いた。
「ちょっと玉藻、ツクモがアンタに手ぇ振ってるわよ」
「なぬ!?」
玉藻はその言葉に反応して、すぐさまツクモの方を振り向いた。
ツクモはあまりの勢いに驚き、ナルトの時よりちょっと笑顔が引き攣っている。
だがその程度は玉藻にとっては些細な事。
ツクモの姿を認めた途端、表情を一変させた。
釣り上がっていた目尻がとろんと下がり、固く結ばれていた口がふにゃっと溶ける。
恍惚とした笑みに周囲もツクモもドン引きだったが、至福の一時に浸る玉藻にはどうでも良い事だった。
「…やれやれ。 どうにか助かったわい」
衣服の乱れを直してから、キセルに火を入れる三代目。
玉藻の脅威が去った事で、試験官も受験生もホッと一息ついている。
「…九妖…」
「な、なんざましょ…」
「後でゆっくり、2人『だけ』でお話しましょうね」
「……………」
「ふふふ、お返事は?」
「お、おおせのままに」
「いい子ね。 ふ…ふふ、うふふふふふふふ」
独りだけ不安に苛まれているが、試験の進行には影響がないと判断され無視された。
「では火影様。 改めてお願いします」
「うむ」
会場のざわめきが治まったのを見計らって、第3試験の説明が始まった。
「これより始める第3の試験…その説明の前に。
まず一つだけ…はっきりとお前達に告げておきたい事がある!」
隣でニコニコしている玉藻の所為で空気が緩くならないよう、三代目はやや語気を強め受験生の意識を自分に集中させる。
「……この試験の真の目的についてじゃ……」
―!!? …真の目的…!?
これはサクラ。
他にも数人が同じように反芻している。
「何故…同盟国同士が試験を合同で行うのか?
『同盟国同士の友好』『忍のレベルを高め合う』
その本当の意味を履き違えてもらっては困る! …この試験は言わば―――」
三代目は煙管を吸って間を置く。
受験生の中には、身を乗り出して続きを待つ者もいる。
「同盟国間の戦争の縮図なのだ」
「ど…どういうこと…?」
思わず言葉に出してしまったテンテン。
「歴史を紐解けば今の同盟国とは即ち…かつて勢力を競い合い争い続けた隣国同士。
その国々が互いに無駄な戦力の消費を避ける為に選んだ戦いの場。
それが、この中忍選抜試験のそもそもの始まりじゃ…」
「何でそんな事するのよー? 中忍を選ぶ為にやってんじゃないのー?」
いのが首を傾げてみせると、間髪入れずに答えが返ってきた。
「確かに、この試験が中忍に値する忍を選抜する為のものである事に否定の余地はない。
だがその一方で、この試験は国の威信を背負った各国の忍が…命懸けで戦う場である!」
「????」
会話の内容がさっぱり理解出来ないツクモには、異国の言葉が飛び交っているようにしか聞こえない。
不安そうな表情で白を見上げると、白は優しく頭を撫でてくれた。
「(後で解るように説明してあげますよ)」
―相変わらず話が長いのぉ。
その横であくびを噛み殺している自来也。
図体ばかり成長した昔の教え子が癪に障ったのか、三代目の言葉に一層の力が篭る。
「この第3の試験には、我ら忍に仕事を依頼すべき諸国の大名や著名な人物が、招待客として多勢招かれる。
そして何より…各国の隠れ里を持つ大名や忍頭が、お前達の戦いを見る事になる。
国力の差が歴然となれば『強国』には仕事の依頼が殺到する。 逆に『弱小国』と見なされれば依頼は減少する。
…そして、それと同時に隣接各国に対し『我が里はこれだけの戦力を育て有している』と言う脅威。
つまり、外交的…政治的圧力を掛けることも出来る」
「だからって何で! 命懸けで戦う必要があんだよ…!?」
噛み付いたのはキバ。
眠気はさっきの騒ぎですっかり醒めていた。
「国の力は里の力…里の力は忍の力。そして忍の本当の力とは―命懸の戦いの中でしか生まれてこぬ!!
この試験は自国の忍と言う『力』を見てもらう場で有り…見せつける場である。
本当に命懸で戦う試験だからこそ意味があり、だからこそ先人達も『目指すだけの価値がある夢』として中忍試験を戦ってきた」
「ではどうして…『友好』なんて言い回しをするんですか!?」
「だから始めに言ったであろう! 意味を履き違えては困ると」
三代目の鋭い眼光をもろに浴びて、質問したテンテンはやや萎縮している。
「命を削り戦う事で力のバランスを保ってきた慣習。
これこそが忍の世界の友好なのじゃ…。
試験の前に諸君にもう一度告げる…これはただのテストではない。
これは『己の夢』と『里の威信』を賭けた…命懸の戦いなのじゃ」
平和な日常に慣れてしまった者とそうでない者の差が、今の反応からそのまま見て取れる。
受験生の中でも特に木ノ葉、幼いルーキー達の動揺が大きい。
殆どが言葉を失っている。
「何だって良い…それよりも、早くその命懸の試験ってやつの内容を聞かせろ…」
口火を切ったのは砂隠れの我愛羅だった。
プレッシャーを感じた様子はなく、すぐにでも戦いたいといった感じだ。
「うむ…そうしたい所なのじゃが…実はのォ…ゴホン」
三代目が勿体ぶった感じで咳払いをすると、何処からともなく現れた1人の男が三代目の前に傅いた。
「…恐れながら火影様…ここからは『審判』を仰せつかった、この…【月光ハヤテ】から…」
「…任せよう…」
三代目の承諾を得たハヤテは、立ち上がって受験生達の方に向き直る。
「皆さん、初めまして…ハヤテです。
えー、皆さんには『第3の試験』前にやってもらいたい事があるんですね…」
ほっそりというよりげっそりした顔立ちに、そこはかとなく生気の薄れた瞳。
それに何度も咳き込んでいる。
―…何だ?
―この人…何か体調悪そ〜…大丈夫かな?
試験官に途中で倒れられても困る。
多くの受験生が、ハヤテの言うことよりそっちの方を心配していた。
「えー…それは本選の出場を賭けた第3の試験予選です…」
「? 予選?」
「予選って…どういう事だよ!!」
「先生…その予選って…意味が分からないんですけど…。
なんで今残ってる受験生で次の試験をやらないんですか?」
「えー今回は…第1・第2の試験が甘かったせいか…少々残り過ぎてしまいましてね…。
中忍試験規定に乗っ取り予選を行い…第3の試験進出者を減らす必要があるのです」
「そ…そんな…」
「先程の火影様のお話しにもあったように、第3の試験には沢山のゲストがいらっしゃいますから…。
だらだらとした試合は出来ず、時間も限られて来るんですね…」
納得のいかない顔をする受験生達だが、ハヤテは一切取り合わずに淡々と事実だけを説明する。
「えー、という理由で…。
体調の優れない方、これまでの説明で辞めたくなった方。
今すぐ申し出て下さい。 これから『すぐ』予選が始まりますので…」
「これからすぐだと…!!?」
いきなりの開始宣言に、キバが目を見開いた。
時間に見合った休息が取れていたら、こんなに慌てる必要はなかった。
今更にして、テマリと同じ部屋になった不運が悔やまれる。
「あ…それから言い忘れてましたが、これからは個人戦ですから…自分自身の判断で挙手して下さい」
これまで試験と違って、仲間が道連れになる事はない。
迷いを持つ者なら心が揺らいでいただろうが、ここに集まった者は誰も手を挙げなかった。
「ちょっと。 じ…ブン吉君」
「ん?」
肩を突付かれた自来也が振り向くと、白が何か言いたそうな顔をしていた。
「まさかとは思いますが―――…参加するつもりですか?」
「おう、出るぞ」
ガハハと笑う自来也に眩暈を覚えたのは白だけではなかった。
暫く考える時間を与えられた受験生達だが、結局誰も手を挙げる者は現れなかった。
頭を抱えて蹲っている三代目の様子に首を傾げつつ、ハヤテはルールの説明を再開した。
「えーでは、これより予選を始めますね。
これからの予選は1対1の個人戦。 つまり、実戦形式の対戦とさせていただきます。
参加者24名ですから、合計12回戦行い…えー、その勝者が第3の試験に進出出来ますね…」
受験生はハヤテの言葉を聞き漏らすまいと、真剣に聞いている。
「ルールは一切無しです。
どちらかが死ぬか倒れるか、あるいは負けを認めるまで戦ってもらいます。
えー死にたくなければすぐに負けを認めて下さいね。
ただし、勝負がハッキリとついたと私が判断した場合…。
無闇に死体を増やしたくないので、止めに入ったりなんかします」
早い話が殺し合い。
今までと大きく違うのは、背中を預けられる者がいないという事。
場合によっては、今まで背中を護ってくれた仲間と殺し合う可能性もある。
「そして君達の運命を握るのは……」
ハヤテは一度言葉を切り、アンコに視線を送った。
「開け」
アンコがインカムを使って指示すると、天井付近の壁が動きだした。
壁の裏側に隠れていたのは、巨大なスクリーンだった。
「えー、この電光掲示板に…1回戦ごとに対戦者の名前を2名ずつ表示します。
では早速ですが、第1回戦の2名を発表しますね」
運命の一瞬。
受験生は鼓動を早めながら、スクリーンを見上げている。
全員の注目が集まる中、第1回戦を戦うの2名の名が表示された。
【ヤクシ・カブト】VS【ガマノ・ブンキチ】
「おぉ、早速出番か!」
「うっぷッ!!」
やる気満の自来也と、ストレスで吐きそうになるカブト。
何とも対照的な反応だった。
「何度か見る顔じゃな…確か前回は本選で途中棄権しとったが…」
「薬師カブト、データでは…6回連続で不合格です」
アンコは手元の資料を捲り、三代目の質問に答える。
「どういう経歴じゃ…」
カブトの事を尋ねたのは、カブトの本性に気付いたとかそんな類のものではなかった。
三代目の中でカブトは、自来也の被害者という位置づけだった。
場合によってはこの試験が終わった後に、改めて特別に昇進試験を受けさせてもよいと考えている。
「アカデミー時代から余り目立つ生徒ではなく、成績も平凡…3度目にして漸く卒業試験に合格。
以後、こなした任務はCランク2回、Dランク14回……。 取り立てて目立った戦歴はありませんね」
何処にでもいる普通の下忍。
お世辞にも才能に恵まれているとは言えない。
平凡を絵に描いたような経歴が、三代目の胸を余計に締め付けた。
「ただ……」
「ただ?」
アンコが途中で言葉を詰まらせた為、俯いていた三代目が顔を上げた。
「アカデミー以前の話なんですが…覚えておられますか?
あの桔梗峠の戦いで連れ帰られた、1人の少年の話…」
「覚えておる…。
確か戦場で生き残っていた敵の少年を……。
医療部隊の上忍が引き取ったという話じゃったな……。
奴がその子と言う理由か…」
アンコの報告を聞いて、尚更カブトが不憫になった。
今まで沢山の苦労があったに違いない。
自分が教え子の教育を誤りさえしなければ……。
三代目の心は、後悔と謝罪の念ではちきれる寸前だった。
「では、掲示板に示された2名は前へ……」
ハヤテの言葉は、カブトにとって死刑宣告に等しかった。
「第1回戦対戦者―――蝦蟇野ブン吉、薬師カブト。 両名に決定……異存ありませんね」
「おう!」
「………」
自来也が胸を張って応えたのに対し、カブトは蒼白い顔で頷くのみ。
異存あり。
声を大にして言いたい。
何故、よりによってこの相手なのかと。
持って生まれたくじ運の悪さを嘆かずにはいられない。
ここ最近追い風続きで忘れていた現実を、嫌というほど実感した。
さっき棄権すればよかったと、カブトは後悔する。
いや、今からでも棄権したいと思っている。
だがカブトの中にある玉藻への忠誠心が、自来也への恐怖を僅かに上回った。
退かぬ。
退いてはならぬ。
戦わずして敗れるぐらいなら、死力を尽くして玉砕すべし。
カブトは腹を括って、正面を睨み付けた。
「えー…では、これから第1回戦を開始しますね。
対戦者2名を除く皆さん方は上の方へ移動して下さい」
ハヤテの指示に従って三代目を含む全員がゾロゾロと移動する中、変化した大蛇丸がカブト達の方に近付いてきた。
「頑張りなさい。 上でしっかり見ていてあげるわ」
「っ!」
すれ違った瞬間、大蛇丸はそう囁いていった。
気力だけで辛うじて立っているカブトにとって、これは想像以上の驚きを与えた。
慌てて大蛇丸の方を見ると、体中に舐めるような視線を注がれ、去り際に投げウインクをされた。
「ヒィッ!?」
膝の裏側から首筋にかけて、強烈な怖気が駆け巡った。
憤怒や憎悪の篭った視線で貫かれるならまだ理解出来る。
大蛇丸の行動の意味が分からない。
意味が分からないからこそ余計に恐ろしかった。
強烈なストレスを感じたカブトは、思わず膝を突いてしまった。
―今のはまさか……大蛇丸…か?
今の今まで気付かなかった自来也だが、ここまで接近すれば流石に気付いた。
―あの邪悪なチャクラ、そして醜悪な気配。
…間違いない。 奴のものだ。
自来也が呆然とした顔で去っていく大蛇丸を見送っていると、大蛇丸は途中で視線に気付いてピタッと足を止めた。
振り返った大蛇丸と、偶然目が合った。
「「…………」」
時が止まる。
先に動いたのは自来也。
爬虫類のような瞳でじ〜と見つめられるのに耐えられなくなり、思わず視線を逸らしてしまった。
それが失敗だった。
―ふっ……シャイなのね。
色が白いので頬を染めると一目で分る。
自分に気があると勘違いした大蛇丸は、指先で唇を隠したかと思うと、ちゅぷぅぁ!と音を立てて濃厚な投げキッスを慣行した。
「ぐふぅ!」
自来也の巨体が膝から崩れた。
汗が、不自然な動悸が止まらない。
半端な幻術よりも遥かに悪質な精神攻撃が、自来也の心を蝕んでいた。
そこへトドメを刺す様に、大蛇丸は真っ赤な顔を手で覆って走り去っていった。
「……2人とも顔色が優れませんね。 今からでも棄権しますか?」
この苦みの原因となったやり取りを見ていなかったハヤテは、試合前に深いダメージを負った2人に棄権を勧めた。
しかし、2人とも答えはNOだった。
―玉藻様の御為…!
―ふぬ、ぐぐ……!
ハヤテの勧告を眼光だけで拒否し、気力のみで立ち上がろうとしている。
目に見えない戦いが、既に始まっていた。
―ツクモ! ワシに力を…!
四つん這いの自来也は、移動する受験生の中に紛れたツクモの姿を探した。
今の自分の姿を見れば、ツクモはきっと励ましの言葉を掛けてくれるに違いない。
たった一言名を呼んでくれれば、それだけで立ち上がれる。
そして戦える。
―み、見つけた!!
自来也の表情がパッと輝いたが、その光はすぐに消えた。
ツクモは紅に引き摺られて2階へ向かう父親の腰に飛び付いて、『かまってかまって』と甘えたオーラを振り撒いていた。
自来也の四肢から、完全に力が失われた。
―理由はよく分からないが、向こうは戦力が大きく衰えている。
今なら、何となくボクでも勝てる可能性がありそうな気がする。
僅かな勝機を見出したカブトは、己を奮い立たせながら上体を起こした。
見たところダメージは向こうの方が遥かに大きい。
地力で劣るカブトにとって、千載一遇のチャンスが巡ってきた。
そしてそんなカブトに、もう一つの幸運が巡ってきた。
「カブト」
「た、玉藻様…!」
「何を気張っておるのかは分らんが、まぁ頑張れ。
私は娘と一緒に上で見とるからな」
ほんの短い会話のあと、玉藻はカブトの肩をポンと叩いて行ってしまった。
「う…うっ……」
「…君。 本当に大丈夫ですか?」
足元から聞こえてきた嗚咽。
心配したハヤテが覗き込んで見ると、カブトが泣いていた。
涙は悲しみによるものではなく、喜びからくるものだった。
頑張れ。
嗚呼、なんと人間らしい言葉だろうか。
言ってる内容は大蛇丸と変わらないのだが、カブトには全く違う言葉に聞こえた。
体に及ぼした影響も、まるで正反対だった。
四肢に力が満ち、沸騰するような熱いチャクラが腹の底から沸いてくる。
生まれ変わろう。
あの主に恥じない歪みねぇ人間に、今この瞬間から生まれ変わろう。
「うおぉおおおおおぉ!!!」
立ち上がったカブトが大きく吼えた。
受験生や上忍達は、何事かと一斉に驚いた。
一方が倒れてぐったりしていて、もう一方が雄叫びを上げている。
始まる前から勝負が着いたような構図だった。