NARUTO
〜九妖忍法帳〜 60話目







塔を目指すカブトの足取りは、羽が生えたように軽かった。

スキップスキップるんるるるんッ♪

鼻歌でも歌い出しそうな顔で、右へ左へステップを刻んでいる。

「……どうしたんだあいつ?」

「…オレに聞かれても…」

少し遅れて後に続く班員の2人が、カブトの奇行にひどく戸惑っている。

【赤胴ヨロイ】、【剣ミスミ】。

カブトと同じ音隠れのスパイだが、2人とも普段からカブトの事は良く思っていない。

特にヨロイの方は、カブトに強い対抗意識を持っている。

上役にあたる自分を差し置いて、大蛇丸の信を得ている事が気に入らない。

今回の任務でもまた、カブトだけは特別な命令を受けて単独で動いていた。

自分達が合流するまでの数日。

その数日の間に、何かがあったのは間違いない。

あの様子からして、余程大きな成果を挙げたのだろう。

しかし、確かめる術はない。

聞いたところで素直に答えるような男ではない事は、最初から分り切っていた。

舞い上がったカブトを見ていると、この所これといった成果を挙げられない苛立ちに拍車が掛かる。

黒子のような頭巾で覆われたヨロイの表情は、段々と険しくなっていった。

―…一々癇に障る野郎だ。

同僚から見当違いの誤解されているとも知らず、カブトは首から下げた六角形の小さな装飾品に触れ顔を綻ばせた。

数種類の香草がすり込んまれているらしく、顔を近づけるとほんのり上品な香りがする。

しかも森の中では草木のにおいに溶けて不思議と目立たない優れものだ。

別れ際、主従の証にと玉藻から手渡された。

主人より身に着けた物を下賜されるのは、臣下としてはこの上ない栄誉。

―玉藻様……必ずあなたのご期待に応えてみせます。

カブトは決意を新たに、塔を目指した。

ナル事は既に、過去の人になっていた。









―死の森・中央の塔―

『“天”無くば 智を識り機に備え “地”無くば 野を駆け利を求めん

 天地双書を開かば危道は正道に帰す これ即ち【 】の極意…導く者なり』

重厚な鉄ごしらえの扉を開け放つと、正面の壁に掲げられた三代目直筆の金言が飛び込んでくる。

天が人の頭、即ち『知識』を指し、地が人の体、即ち『体力』を指す。

そして空白の中には、天地の書の中に記された【人】の文字が入る。 

『日々の研鑽を欠かさず己の欠点を克服すれば、どのような困難も乗り越えられる』

そういう意味が込められたありがたいお言葉である。

巻物で口寄せされたイルカが言ったのだから、間違いはない。

更にイルカは続けてこう言った。

「2次試験は中忍としての任務遂行能力の他、機密保持を厳守出来るかどうかを試す試験でもあった。
 もしも君達がルールを犯し途中で巻物を開いていたら、強制的に脱落させるように命じられていた」

「……そうですか」

―……リアクション薄いな。

もっと驚いてくれてもいいのに。

ちょっと寂しいイルカ。

言われずとも分っていると言いたげな空気が伝わってくる。

カブトも伊達に7回も受験しているわけではない。

そもそも中忍試験の内容は毎回違うわけではなく、過去に行われたものと全く同様のものが行われる事もある。

実は今回の試験と同じ内容のものを、過去に受けた事があった。

もっとも初めて受ける内容であっても、カブトの実力なら難なくクリアした筈である。

予想外のアクシデントに見舞われなければ、この2次試験ももっと早くに合格出来た筈だった。

「……遅いな」

イルカが退出した後も、スパイ3人組は部屋を動こうとはしなかった。

試験終了後に、ここで大蛇丸と落ち合う手筈になっていた。

「も、もしかして…オレ達が遅かったからお怒りになって……それで…」

蒼白になったミスミが、震えた声で言った。

大蛇丸の不興を買うなど、考えるだけでも恐ろしい。

ヨロイもカブトの手前取り乱すような真似はしたくないが、とても心中穏やかではいられなかった。

「ど、どうするつもりだカブト! 元はと言えばお前が遅れてくるから…!!」

「まぁまぁ先輩、そう興奮しないで下さいよ」

唯一カブトだけが平然とした態度を保っていた。

何時もと変わらない余裕を見せつけながら、胸ぐらを掴むミスミの手の指を一つずつ解いていく。

「きっと大丈夫ですよ。
 場所は兎も角、時間の指定はされなかったんですから。
 ……そうでしたよね…大蛇丸様?」

「「!!」」

カブトの視線に誘導され後を振り返ると、壁に寄りかかった大蛇丸が背筋の凍るような眼を向けていた。

案の定、機嫌は悪かった。

ヨロイとミスミは慌てて背筋を正した。

「駄口話をしてる暇はないわ。 さっさと報告なさい」

「はいはい。 分ってますよ」

カブトが用意した札は2枚。

「まずこれがサスケ君の分」

「成る程……油を売っていたわけではなかったみたいね」

情報がビッシリ詰め込まれた認識札を確認すると、大蛇丸の機嫌は少し持ち直した。

「こっちは追加分の一枚です」

蝦蟇野ブン吉こと自来也のデータも、サスケの認識札には及ばないがかなりの情報が入っている。

5日という短い時間を考慮すれば、評価されて然るべきものである。

だが実を言うと、カブトは自来也のデータを集める事が出来なかった。

というか玉藻との一件で浮かれていた所為もあり、塔に着くまで完全に忘れていた。

当然カブトは焦った。

まるで宿題をやってこなかった生徒のように。

カブトの中に2つの選択肢が浮かぶ。

@やってませんと正直に言う。

…………殺される。

Aやったけど、札を森に忘れたと嘘を吐く。

駄目だ。

強面の先生にその言い訳は通用しない。

じゃあ今から取って来いと言われればそれまでだ。

追い詰められ頭を抱えたカブトだったが、第3の選択肢があった。

大蛇丸が遅れてきたのも不幸中の幸いだった。

ヨロイとミスミに用を足してくると言って、トイレの中で大急ぎで札を作ったのである。

ぶっちゃけると、内容はほぼ嘘っぱちである。

それっぽい事を適当に書き連ねて空欄を埋めただけ。

紙くずもいいとこであった。

身長や体重も全て目算で実際の数値とはズレがあり、性格分析の項目にロリコンの気があるなどと書いてある。

「ウフッ…上出来よ」

しかし大蛇丸は、そんな出鱈目な認識札をうっとりと眺めている。

隅から隅まで舐め回すような視線を這わせる。

―……きめぇ。

カブトは吐きそうになった。

やはり早い内に見切りを付けて正解だった。

「それはそうと………大蛇丸様」

「何かしら?」

カブトは大蛇丸を見た時から、どうしても気になっている事があった。

「どうしたんですか、その恰好?」

大蛇丸の今の姿は、浮浪者のようなみすぼらしい風体だった。

着衣は砂埃に塗れ、自慢の長髪も不自然に切り刻まれている。

ナルトにやられた後、更に再不斬と雪に散々な目に遭わされた結果だった。

「………」

上せていた大蛇丸の頭が急速に冷めて行く。

思い出すだけでも忌々しいのに、傷口に塩を塗りやがって。

大蛇丸はカブトを八つ裂きにしたい衝動に駆られる。

だがこいつはこういう奴だ。

いちいち激昂していたのでは己の沽券に拘る。

三忍としてのプライドが、大蛇丸をギリギリのところで踏み止まらせた。

「…………………………イメチェンよ」

タップリ悩んだ末の回答だった。

腹に収めた怒りを面に出すまいと、必死で耐える大蛇丸。

―体力、チャクラ。
 共に消耗が激しい。
 ……今なら……。

日頃の憂さ晴らしをするにはまたとない機会である。

カブトは心からの笑みを作ると、込められるだけの嫌味を込めて言ってやった。

「よくお似合いですよ」

なんて恐ろしい真似を…。

カブトの背後で、ヨロイとカブトが声にならない悲鳴を上げた。

軽口の一つぐらい大目に見ようと考えていた大蛇丸も、ここまで露骨に虚仮にされたとあっては黙ってはいない。

それはカブトも分っている。

視線を大蛇丸に向けたまま、背後にある扉との距離を測る。

退路は既に確保している。

重要なのは一瞬のタイミングを見逃さない事。

「…カブト…お前………」

大蛇丸には腑に落ちない点があった。

自分の知るカブトは、こんなに不快だっただろうか?

日頃から生意気なところはあったが、こうも露骨な態度を取られたのは初めてであった。

今までのカブトは時折見せる不遜な態度の奥底に、自分に対する恐怖が見え隠れしていた。

だが、今はそれがなかった。

接した時間の永さが恐怖を薄れさせたのなら、ここらで思い出させてやる必要がある。

大蛇丸の恐ろしさを忘れたというのなら、もう一度刻み付けてやるまでだ。

命までは取るつもりはない。

少し痛め付けて立場というものを理解させてやるだけ……。

大蛇丸が壁から背を離す。

だが動こうとした矢先、第三者の声が建物全体に響いた。

二次試験終了を告げるアナウンスだった。

『現時刻を持ちまして、第2の試験を終了といたします。
 まだ森の中にいる受験生は、各自安全な場所で係員の到着をお待ち下さい。
 建物内にいる受験生は、速やかに最上階に移動して下さい。 繰り返します…』

塔の頂上に備え付けられたスピーカーが垂れ流す音が、大蛇丸の気勢を殺いだ。

「…いいわ。 今回だけ特別に大目に見てあげる」

「それはどうも」

「ただし。 次はないものと心しなさい」

「ええ、よく覚えておきますよ」

あなたからの最後の忠告としてね。

カブトは笑い噛み殺し、心の中でそう付け加えた。

「それじゃあ、先を急ぎますので」

「……ッ!」

それは、カブトとすれ違った瞬間に起きた。

大蛇丸は陽だまりを思わせる優しげな香りに抱かれた。

その香りが怒りや苛立ち、激情の尽くを洗い流していくのを感じた。

大蛇丸は呆然と立ち尽くし、遠ざかっていくカブトの背中を見送った。

―…そう……そう…だったのね…。

霧が晴れるように謎が解けた。

先程見せたカブトの刺々しい態度。

あれには重要な意味があったのだ。

自分は何故、すぐに気付かなかったのだろうか。

「……ぐぅ!!」

「大蛇丸様!?」

「だ、大丈夫ですか!?」

崩れ落ちる大蛇丸を取り残されていたヨロイとミスミが支えた。

「……私の事はいいわ。 あなた達も行きなさい」

「し、しかし…」

そんな苦しそうな顔で言われたら、素直に従う事に抵抗を感じる。

「いいから行きなさい。 私もすぐに行くわ」

大蛇丸は自分の足で立ち上がると、少し口調を強めて2人を送り出した。

独りになった大蛇丸は、暫くの間その場から動けなかった。









二次試験を勝ち抜いた受験生が案内された場所は、勝利者を祝うにしては殺風景な空間であった。

屋内としては広すぎる設計になっており、壁から壁までの距離、床から天井までの距離がかなり遠い。

それに反して机や椅子等の備品類は見当たらないので、部屋の中央に据えられた石造のオブジェが自然と人の目を惹いた。

忍の象徴である【印】を結ぶ石の両手。

それに背を向ける形で整列した馴染みのある顔が、到着した各々の受験生を驚かせた。

自分達の担当上忍や試験官、さらには三代目火影までもが列に加わっている。

今までとは、一味違った雰囲気があった。

「まずは第二の試験、通過おめでとう!!」

第一声を発したのは、二次試験を担当したみたらしアンコ。

―…第2試験受験者数84名。
 …ここまで24名も残るなんてね。

砂と音と月が各3名づつ、残りの15名は全て木ノ葉の忍だ。

―…本当は1桁を考えてたのに…。

祝福した矢先に向けられた値踏みするような視線を注ぐアンコ。

それを見て、ナルトがあからさまにガッカリしている。

ちなみにこちらは影分身。

本体は変化して火影の隣に控えている。

―…んだよ、まだあんのかよ。

三代目が来ていたので、てっきり表彰式でもやるのか思っていたらしい。

―…やばッ…。

ナルトは壇上から飛んできた鋭い眼光から、サッと目を逸らした。

―……あの馬鹿。

イルカは頭痛に悩まされた。

他の合格者同様、ナルトにも中忍の心得を懇々と説いてやった筈だが、あの様子から察するに聞き流していたに違いない。

忍の神とまで言われた三代目の金言も、ナルトが相手ではまさに馬の耳に念仏。

アカデミー時代の劣等生っぷりが、実は素だったのではないかと思えてきた。

―…ああ、頭が痛い。

だが悲しいかな、頭痛の種はナルトだけではなかった。

日向ヒナタも、様子も変だった。

―……ナルトは兎も角ヒナタまで。 一体どうしたんだ?

5日前に2次試験の合格を言い渡した時は、特に変わった様子は見当たらなかった。

むしろ久し振りに会ったヒナタは、アカデミー時代からは考えられないほど多様な表情を見せるようになっていた。

態度や口調も堂々としたもので、イルカもその成長ぶりを自分の事のように喜んだものだ。

それがたった数日で、昔に逆戻りしている。

今のヒナタは不安で一杯の表情をしていた。

―砂の受験生と何かあったのか?

ヒナタは先程から砂隠れの受験生の1人、テマリの方をしきりに気にしている。

向こうも見られている事には気付いているようだが、あえて気付かない振りをしているようだ。

どことなく必死さが窺える。

テマリもまた、ヒナタに負けないぐらい顔色が優れなかった。

―……解らん。

両者の間に何かがあったのは間違いないが、理由の方は皆目見当も付かない。

考えれば考えるほど、頭が痛くなるイルカだった。

その事件は、イルカの与り知らぬ所で起きていた。

5日間に渡って行われる第2試験において8班のような早期合格者は、試験終了までの間塔内に設けられた部屋で待機する事になっている。

他の受験生が眠れぬ夜を過ごす中、枕を高くして寝られるのは力ある者の特権とも言える。

といっても、個室などという贅沢は夢のまた夢。

試験官や医療班、その他諸々の関係者も部屋を使っているので、合格者に与えられるのは共同部屋である。

8班に与えられた部屋も、当然共同部屋だった。

で、その部屋で数日を共にするルームメイトというのが、偶々砂の三姉弟だったのだ。

運営側も特別意図してやったのではない。

先着順に部屋を割り振った結果、1着と2着が自然と同室になっただけの話である。

事の発端は、この5日間の共同生活にあった。









2次試験の記録更新の特典というわけではないが、8班と砂隠れ姉弟にはそれなりに良い部屋が与えられていた。

10畳の部屋に6人分のロッカーとベッド、将棋やトランプなどの暇潰しの遊具が用意されてあった。

ベッドは2段ベッドでちょっと使い古されているが、森で夜を明かす受験生と比べれば雲泥の差がある。

ボロだろうが何だろうが、ちゃんとしたベッドで寝るのと野宿するのとでは疲れのとれ方が違ってくるのだ。

もし2次試験が終わった直後に次の試験が始まった場合、体調管理の面で他の受験生を大きくリード出来る。

8班の面々から不満が上がろう筈がなかった。

不満があったのは、別の事であった。

「うぇ!? なんで先客が居んだよ!?」

まさかの出来事に、キバは仰天していた。

キバは部屋に入るその瞬間まで、自分達が一番乗りだと確信しきっていた。

部屋の一番良い場所を陣取って、後からきた受験生を余裕タップリに迎えてやる予定も立てていた。

「へぇ…意外と早かったじゃん」

キバのシナリオは初っ端から狂った。

ベッドの上で傀儡の手入れをしていたカンクロウが、余裕タップリに8班を出迎える。

「おい。 イルカ先生言ってたよな…歴代2位の大記録だって」

「簡単な事だ。 歴代1位が今年の受験生の記録だったのだろう」

おそらくシノの言っている通りなのだろうが、感情的に納得しがたいものがあった。

「木ノ葉の忍も中々やるじゃん。 正直見直したぜ」

キバが本気で悔しがるので、カンクロウは上機嫌になった。

勝利者ならではの優越感。

姉弟の中では滅多に味わえない感覚である。

「ま、短い間だけどよろしく頼むじゃん?」

超が付く上から目線だった。

目は口ほどにものを言う。

カンクロウの目はこう語っていた。

『今、どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち?』

うぜぇ。

キバもシノも同じ感想を持ったが、言い返したところで所詮は負け犬の遠吠え。

カンクロウが益々調子に乗るだけだ。

「あー、はいはい。 よろしくよろしく」

鬱陶しいので相手にしない事にした。

カンクロウに比べると、部屋の隅っこからガンを飛ばしてくる我愛羅の方がまだ好感が持てた。

「おいおい、つれない返事じゃん。 仲良くしようぜブラザー」

誰がブラザーだ、誰が。

しつこく絡んでくるカンクロウを無視しつつ、2人は荷物の整理と寝床の確保に取り掛かった。

「あ、あの…」

一方こちらではヒナタがテマリに声を掛けていた。

一昔前ならば、初対面の人間に自分から声を掛ける事など出来なかった。

そもそもそういう考え自体、浮かばなかったかもしれない。

しかし苦しい修行の中で身に付いた力が自信に繋がり、その自信がほんの少しの勇気をヒナタに与えた。

少しずつでいいから、出来なかった事…いや、出来ない事を減らしていこう。

そういう気持ちを、ヒナタに起こさせていた。

「なんだ?」

―…うっ。

眼を合わせた途端、早くも後悔しそうになる。

自分を見据える切れ長の眼。

視線がきつい。

ヒナタは思わず眼を背けそうになった。

「用があるなら早く言え」

「あ、ご、ごめんなさい」

「……何で謝るんだよ」

「だって、その…怒ってる…から…」

ヒナタは完全に視線を逸らして言った。

腰もちょっと引けている。

「別に怒ってない。
 言葉がきついのは生まれつきだ。
 ……眼付きがきついのもな」

ヒナタはテマリの言葉にドキッとした。

思考を完全に読まれている。

―ど、どうしよう…気にしてる事だったのかな?

初対面の人間と話す事への不安感が、罪悪感に変化する。

「い、今の、そんなつもりで言ったんじゃないんです!
 気に障ったのなら謝ります! ごめんなさい!」

「そんなに謝らなくていい。 …そこまでは…気にしてない」

「そうそう、だってホントの事じゃん?」

さり気なく会話に混ざるカンクロウ。

鉄扇でシバかれた。

「い、一番きついのは性格じゃん…」

「死ね」

ヒナタには容赦しても、ボコボコになったカンクロウには容赦しなかった。

何度も何度も鉄扇を振り下ろし、血達磨になるまで殴り続ける。

眼つきや言葉よりも、実弟への制裁が一番きつかった。

「あ、あのー…」

怯えた顔のヒナタが話しかけると、漸く惨劇が止まった。

「すまん。 ……で、何の話だった?」

カンクロウをどつき回してスッキリしたのか、さっきよりテマリの表情は柔らかい。

ただ肩に担いだ鉄扇から血が滴っているので、全体的に見るとすごく怖い。

「さ、さっきの事なんですけど…」

「ああ、それならもういい。 …慣れてるしな」

実際砂の里でも似たような経験は沢山あった。

恐れを孕んだ眼には昔から慣れている。

自身の容姿や言動もあるが、それ以上に父や弟の影響がある。

砂の里で自分に自発的に話しかける者は皆無。

気の許せる同世代の友人など望むべくもない。

そういった類のものは、テマリ自身とっくの昔に諦めていた。

その為ヒナタが話しかけてきた時、驚きこそしたものの悪い気はしなかった。

下心丸出しのナルトなんぞにホイホイついていったのも、その辺の事情が大いに関係していた。

「そんな事より、何で私に話しかけた? 何か理由があるんだろ?」

放って置いたらまたヒナタに謝られそうなので、テマリは会話を別の方向に誘導した。

「あ、はい。
 …その…少しの間だけど…同じ部屋で過ごすから…。
 これからよろしく…って、…それだけ、言いたかったから」

「…それだけか?」

「あの、ごめんなさい! …迷惑だったら…謝ります」

―…しまった。 こういう言い方をするとこいつは…。

もうちょっと言い方を考えるべきだったと反省する。

ほんの少ししか接していないが、他人に気を使い過ぎるヒナタの性格は大凡把握出来た。

「構わない。 こっちも弟が迷惑を掛けるかもしれないしな」

それは多分間違いない。

特にカンクロウが。

それについては誰も否定しなかった。

誰もが、確信に近いものを感じていた。

『『もう十分迷惑してる』』

ベッドメイキングをしながらヒナタの様子を見守っていたキバとシノは、本音を漏らしそうになったが空気を読んで黙っていた。

テマリへの対応を間違うと、えらい目に遭う。

血のアブクを吐いているカンクロウがそれを物語っていた。

「ま、よろしくな」

ぶっきらぼうに言ったテマリの顔は、明後日の方向を向いていた。

改まって言うには少し照れくさかった。

―…よかった。 悪い人じゃないみたい。

ヒナタの顔にも柔らかい笑みが浮かんだ。









ヒナタとテマリの関係は良好だった。

初めはお互いに距離があった2人だが、時が経つにつれて一歩一歩その距離は縮まった。

テマリは昔から、妹が欲しかった。

まぁ正直に言うと性別はどっちでもいいのだが、せめて真っ当な身内が欲しかった。

血の繋がった弟は、カンクロウと我愛羅。

辛い現実である。

その反動からか、テマリはヒナタに何やかやと世話を焼いた。

ヒナタはヒナタで昔から姉の立場だった為、初めて味わう妹の立場に戸惑いながらも、徐々にテマリの好意を受け入れ始めた。

かくして瞬く間に時が過ぎていき、共同生活が半ばを過ぎた頃には、2人はまるで本当の姉妹のように気を許しあっていた。

ヒナタとテマリは、毎日色々な事を語り合った。

他愛のない事から、里や家族の事まで。

連日、枕を並べて夜を明かした。

ちなみに2人の寝床は、二段ベッドを2台くっ付けた特製のベッド。

下に居る筈の男達は、テマリが壁の向こうに叩き出している。

この壁というのは、テマリが我愛羅に命じて初日に作らせたものである。

デザインが気に食わないという理由で、我愛羅は実に18回も作り直しを命じられた。

我愛羅を含む全員の男達は壁のデザイン云々の前に、女性7に対し男性3という理不尽なスペース割を考え直してほしかった。

たった3畳のスペース、1つきりの2段ベッド。

真夏の糞暑い夜、野郎同士身を寄せ合って眠りに就く。

加えてエアコンの風は砂の壁によって完全に阻まれる為、密閉された空間は地獄と呼ぶに相応しい。

不眠症に陥ったキバ・シノ・カンクロウのストレスは、筆舌に尽くし難いものがあった。

死んでしまえ。

何が絶対防御だ。

元々不眠症の我愛羅に3人の理不尽な怒りが向けられたが、最終的にその怒りはテマリにも向けられる事になった。

あまりの扱いの酷さに堪りかねた男達は、3日目の夜にとうとう反乱を起こした。

ただ、起こしただけで呆気なく制圧された。

テマリの圧倒的武力の前に、男達は泣き寝入りするしかなかった。

「ヒナタ。 まだ起きてるか」

「はい」

2人が一緒にいられる最後の夜。

この日は明日に備えて早く眠るつもりでいたが、ヒナタもテマリも中々寝付けずにいた。

このまま眠ってしまうのは勿体無い気がしたからだ。

けして、すし詰めにされた男達の呻き声がうるさかったからではない。

砂の防音性能は折り紙付き。 壁の向こうからは物音さえ聞こえなかった。

「…ここで過ごすのも、これで最後になっちまったな…」

「…そうですね…」

「なんか、あっと言う間だったな」

「……はい。
 でも私、楽しかったです…すごく」

「ま、まぁ、なんだ……。
 …私もよかったと思ってるぞ?
 その…お前と…仲良くなれて…」

テマリは寝返りを打ち、ヒナタに背を向けてから言った。

赤くなっている。

暗闇の中でも十分分る。

ヒナタは愛らしさを感じてクスッと笑った。

「…テマリさん…聞いてもいいですか?」

「なんだよ、改まって」

真剣な口調だった。

何を聞かれるのだろうかと、テマリは少し身構えた。

ヒナタはたっぷり時間を置いてから、その問いを言葉にした。

「……………好きな人とか、いないんですか?」

「ぶふぉ!?」

テマリの眠気が吹っ飛んだ。

「どうなんですか?」

ヒナタは純粋な好奇心で尋ねている。

初めて自分で作った友人の事を、もっと知りたいと思うのは自然な事である。

質問の内容にしても、年頃の女同士なら特別珍しくもないもの。

しかし、テマリの受け止め方は違った。

―……こ、こいつまさか…そうゆー趣味が……!?

テマリは硬直していた。

背中に感じるヒナタの視線に篭った強い期待が、ヒシヒシと伝わってくる。

これまでの自分の行動を振り返ってみると、確かに幾つものフラグを立てまくっていた。

「いないんですか?」

答えを急かすヒナタ。

テマリの中で疑惑が深まる。

「い…いない……」

少なくとも同性にはいない。

後にそう繋げたかったが、否定の言葉を搾り出すだけで限界だった。

「じゃあ、どんな人がタイプなんですか?」 

この一言で、疑惑が確信に変わった。

振り向くに振り向けない。

今自分の後ろでは、ヒナタが舌なめずりをしているに違いない。

その図を思い浮かべ、テマリは汗が止まらなくなった。

心臓もバクバクいっている。

―ひぃぃっ! 誰か助けてーッ!!

涙目になったところで助けは来ない。

せめて愛用の扇子があれば心強いのだが、カンクロウと我愛羅と一緒に壁の向こう側。

テマリは自分の迂闊さを心の底から呪った。

が、やがて腹を括った。

断ろう。

きっぱりとお断りしよう。

「わ…私の好みは…」

気後れしている事を気取られないように、両膝を抱えて体の震えを押さえ付ける。

その上で、テマリは言った。

「強くて…」

自分を護れるぐらい強く。

「包容力があって…」

自分の親兄弟を知っても、それでも受け入れてくれるぐらい懐が広く。

「どんなに絶望的な状況でも…絶対に諦めない奴…」

その意志の強さで以って、自分を救ってほしい。

特に、今のこの状況から一刻も早く。

切実な願いを込めたテマリの言葉を聞き届けると、ヒナタは黙り込んで寝返りを打った。

全神経を耳に集中させていたテマリは、布ずれの音を聞いた途端毛布を引っ被った。

逆上したヒナタが覆いかぶさってきたらと思うと、頭がおかしくなりそうだった。

テマリが身構える事数秒。

当然ながら、襲われる筈などなかった。

ヒナタはテマリの言葉を反芻しながら、自身の慕う者の事を思い浮かべていた。

テマリの述べた理想像は、大いに共感できるものだった。

嬉しさと同時に、テマリへの親しみがいっそう湧き上がっていた。

―……助かった…?

ヒナタが黙っているので、テマリは気になって毛布の隙間から様子を覗いてみた。

するとヒナタが背中を見せたままクスッと笑った。

恐怖がぶり返す。

「気が合いますね、私達って」

「!!!」

心底嬉しそうなヒナタの言葉を聞いて、テマリはとうとう意識を失った。

次に彼女が目を覚ましたのは、明け方近くの事だった。

テマリは意識を取り戻すや否や、劣悪な環境下で漸く眠りに堕ちたカンクロウを叩き起こし、逃げるように部屋を去った。

ヒナタが不安に陥るのは当然であった。






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