NARUTO
〜九妖忍法帳〜 58話目
飛び出してきたナルトに最初に気が付いたのは再不斬だった。
敵か味方か。
その判別が付くよりも先に、ナルトは竜に襲い掛かる。
振り下ろす手刀で、眼球という鍛えようのない急所を深々と切り裂く。
「■■■■■■――――ッ!!!!!」
突然の攻撃。
突然の痛み。
死角から放たれた一撃で、竜の顔半分が真っ赤に塗り潰された。
鬼人と紅姫。
霧隠れ屈指の忍の攻撃をものともしなかった巨体は、血と悲鳴をばら撒きながら踏鞴を踏む。
「そいやッ!」
ナルトは空中で体を捻り、両足をしっかり揃えて横っ面を蹴り込んだ。
―!? か、硬ぇ!
分厚い岩盤を蹴ったような錯覚に陥る。
6mを超える巨体は強固な外殻に隅々まで覆われており、さらにその下に隠れた分厚い脂肪と筋繊維は、圧縮した生ゴムを幾重にも敷き詰めた弾力を持っている。
その2つが竜を護る鎧となって、本来なら臓器に届いた筈の衝撃を残らず吸収していた。
これでは物理的なダメージはまず通らない。
―こりゃあ骨が折れそうだ。
短期決着は無理と踏んだナルトは、一旦追い討ちを諦め蹴りの反動で後方に飛ぶ。
【土遁 地走り!】
物理攻撃が通じないのなら戦法を変えるまでの事。
ナルトは着地の際に地面を強く踏み付けて術を発動させた。
増幅された衝撃の波が木や岩、周りにある物を手当たり次第空に打ち上げながら疾走していく。
目潰しのダメージから回復し切れていない竜は衝撃波をまともに浴び、上から矢継ぎ早に降っくる木や岩に全身を打たれた。
だが、受けたダメージは微々たるもの。
頑強な肉体の前には、降り注ぐ木や岩は小雨のようなものだった。
僅かに効き目のあった衝撃波とて、今回ナルトが発動させたような規模では効き目が薄い。
攻撃範囲が広すぎるのだ。
自分を中心に周囲360度を均等に薙ぎ払った為に、肝心の威力が分散している。
人間相手ならまだしも、あの圧倒的な防御力を突破してダメージを与えるつもりなら、衝撃波を一定の範囲に集中させなければ意味がない。
これではただ土埃を巻き上げただけだ。
「ボク達の出番みたいだよ」
しかしカブトには、これがナルトから自分達に向けられた合図だと分っていた。
気が付けば打ち上げられた土が空中で拡散し、一体の空気を黄色く濁らせていた。
【よし! 行くぞ小僧!】
飛び出すタイミングを計っていたカブトとマタタビが、土煙に乗じて行動を開始する。
視界が悪くなっている今なら、竜の標的にされる確率もいくらか下がっている。
2人は出来る限り気配を殺し、雪と再不斬の元へ走った。
「マタタビか」
【2人とも無事か!】
「…オレの方は何とかな…」
雪に比べればまだ無事と言える再不斬だったが、その体には目を覆いたくなるような傷が幾つもあった。
肩や背中、上半身を中心に、ヤスリで削ったように肉が削げている。
利き手の指が何本か奇妙な方向にひん曲がっている。
肋骨が砕けているのか脇腹には黒ずんだ痣が見える。
いかに平静を装ったところで、この有様では強がりにしか聞こえなかった。
「…で、そっちの眼鏡は?」
「医者ですよ。 ナルト君の知り合いのね」
カブトは増血丸の入った袋を再不斬に放り投げて、雪の方に近付いていく。
治療が必要なのはどちらも同じだが、雪はとにかくすぐ手を打たなければ永くない。
再不斬も後回しにされる事に異論はなく、一言の愚痴も零さなかった。
【雪! しっかりしろ!】
「雪さん、雪さん、大丈夫ですか?」
雪は失血の所為で半ば意識が飛び掛けており、耳元で名前を呼んでも反応が薄かった。
「……マタタビ……?」
2〜3度頬を叩いて漸く返事があった。
だが眼つきがぼんやりしていて呼吸も浅い。
【…雪…遅くなってすまなかったな】
マタタビは傷付いた主を前に、力なく頭を垂れる。
口寄せ動物の勤めは契約者を護る事。
自分がもっと強ければ、雪は傷付かなくて済んだ。
後悔と自責の念が、マタタビの胸を締め付けた。
「…ううん…」
雪は勤めを果たし戻ってきた従者を、残った右手で優しく抱き寄せた。
詫びる必要などあるものか。
マタタビは与えられた命を立派にやり遂げてみせた。
ナルトを…この状況を打破する切り札を連れて来てくれた。
「……頑張ったね……ありがとう…ご苦労、様…」
泣き出したいのを必死で堪えているような声が、上手く回らない舌から搾り出される。
マタタビは主人の傷が痛まないように身動きを控え、抱擁を受け入れた。
顔は相変わらず仏頂面だったが、小さく揺れる尻尾にその心情が表れていた。
「マタタビ君。 悪いけど再開の邪魔をするよ」
幾分申し訳ないと思いつつ、カブトは2人の間に割って入った。
マタタビは自主的にカブトに場所を譲り、雪は見慣れない銀髪を見上げてからマタタビに顔を向けた。
「…マタタビ…こちらの方は…?」
「話せば長くなります。 行きずりの医者とでも思って下さい」
「はぁ…ご同業の方…」
「失礼。 傷を見せてもらいますよ」
雪の体の傷口と近くに落ちていた腕の切断面を見比べて、接合出来るかどうかを確かめる。
【繋がりそうか?】
「…なんとかね」
傷の状態は驚く程綺麗なものだった。
医療スキルを持つ雪だけあって応急処置は完璧に行われており、更に傷口をチャクラで保護していた為細胞の壊死も極めて少なく、カブトの腕があれば問題なく繋げられるレベルだった。
……ただ。
―しかし、これは…。
どうしても納得のいかない点があった。
―……違う……竜じゃない。
巨大な爪や牙でやられた傷なら、周りの肉がもっと引き千切られ悲惨な状態になっている筈なのに、雪の傷口にはそれが全く見られなかった。
―間違いない、これは刀傷だ。 …しかも、この太刀筋……まさか…。
カブトの脳内に犯人らしき人物の輪郭が浮かんだ。
額に滲んだ雫が米神を伝ってたらりと一筋。
改めて目の前の女性を、その体に刻まれた無残な傷を見てから、先程のナルトの様子を思い返してみる。
傷付いた彼女を見て、ナルトは激怒した。
自分を脅迫してでも助けようとした。
己の命も省みず、勝てる見込みのない相手に戦いを挑んだ。
これらの事からこの雪という女性がナルトにとって掛替えのない、それこそ命を張ってでも護るに値する人物という事はよく分る。
年は一回り近く離れているが、ひょっとすると恋仲なのかもしれない。
それをこんな姿にしたのは、他でもない自分の元飼い主である大蛇丸。
尚正式に袂を別ったわけではないので、今の所はまだ一応主従関係にある。
報復の対象とするには、十分過ぎる程条件を満たしているではないか。
―……まずい、殺される。
表情が崩れるのは辛うじて堪えた。
しかし、背中にじっとりと嫌な汗を掻く。
何の因果でこうなったのかは知りようもないが、気が付いたら目の前で地獄の釜の蓋が開いていた。
しかも、既に片足を突っ込んでいる状態だ。
【…おい…顔が青いぞ…】
指先が震えているカブトに、マタタビは本当に大丈夫なのかと不安になる。
「だ、大丈夫…気にしないでくれ…。 腕の方はきっと…いや、何が何でも繋げてみせるさ」
失敗は許されない。
文字通り命懸だ。
全身全霊で雪の治療をやり遂げナルトの心証を少しでも良くなれば、素性が割れても生き残れる可能性も見えてくる。
カブトは死中に活を見出さんと、必死の形相でチャクラを捻り出した。
【小僧。 ここはまだ危険だ。
治療するなら安全な場所まで離れてからの方が…】
「移動出来るならとっくにそうしてるよ。
彼女の体力の関係上、下手に動かすのは止めた方がいい。
っていうか、素人なんだから黙っててくれ。 頼むよホント」
【わ、わかった…オレが悪かった…。
だからあまり声を出すな。
それで居場所がバレたら目晦ましの意味が無くなる…】
鬼気迫る顔に気圧され、怯むマタタビ。
何もそんな言い方をしなくとも…という気持ちもあったが、こうも真剣な姿勢を見せられては強く出られない。
マタタビは余程集中力の要る作業なのだろうと納得し、言われた通り口を閉じている事にした。
「誰の所為だよ。
チッ…兎に角治療の邪魔だから話し掛けないでくれ。
あと治療中に敵が来たら君が食い止めてくれよ」
【ど、努力しよう…】
集中力を乱されたカブトは、最後にフン!と吐き捨てて治療を再開した。
―…離脱は無理だったか。
一箇所に留まったまま動く気配を見せないカブト達のチャクラから大まかな状況を把握したナルトは、その瞬間から気配を消すのを止めた。
―ちっ…予定が狂ったけど、この際しょうがねぇ。
雪達が自力で逃げられるのであれば、煙に紛れて術を撃ち竜の気を散らすだけでよかった。
しかしそれが不可能となった以上、治療が終わるまで自分を的にして竜を引き付け、可能な限り雪達から遠ざける必要がある。
ハードルが一気に上がった事で、顔付きが一段と険しいものとなる。
―……大体6〜7分ってとこか。 持ち堪えられりゃいいんだが……。
ナルトは塔のある方角に目をやった後、覚悟を決めて力一杯チャクラを放出した。
同時に強い殺気を送って、自らの居場所を知らせる。
土煙の中に出現した強烈な気配に気付いたのだろう。
低く濁った唸り声が聞こえる。
とりあえず、雪達の存在を竜の意識から弾き出す事には成功した。
問題はこの後、自分に集中する攻撃を凌ぎきれるか否か。
片目を潰されたダメージから立ち直った竜が、ナルトの送る殺気を倍にして返してくる。
深い恨みの篭った音が、膨れ上がる殺気に反比例して徐々に小さくなる。
―来る!!
土煙から爪が生えた。
予告なしの攻撃を横っ飛びで回避する。
数瞬前にナルトが立っていた地面を竜の大爪が抉り取った。
―何だその速さ!? 反則だろッ!!
体長6m。
1tに迫ろうかという巨体から繰り出した攻撃とは、到底思えない速さだった。
しかも動きだけでなく、反応も恐ろしく速い。
半分になった視界でナルトの動きに難なく追い付き、ナルトの爪先が地面に触れたのと殆ど同じタイミングで反対の腕を薙ぎ払ってきた。
「うぉ!!」
上半身を後ろに反し直撃は避けたが、腕が通り過ぎた後に突風が吹き付けてきた。
ナルトがバランスを崩すと、竜は体を捻って尾の一撃を繰り出してきた。
鋼の高度を持ちながら、鞭のようにしなやか。
しかも戦斧を5〜6本束ねた程の重量があり、先端の速度は肉眼で捉えられるレベルを凌駕している。
―無理だ! 受けられねぇ!!
防御は無意味。
受けた場所は骨ごともっていかれる。
かわす意外に道は無い。
ナルトが殆ど無理矢理体を仰け反らせると、ギリギリの所で尾が前髪を掠めていった。
風圧だけで頬の肉が削げる。
鼓膜も影響を受けたらしく、耳鳴りが酷い。
直接当たったらどれ程のダメージを受けるのか、想像しただけでゾッとする。
しかし寒気を感じる前に、竜が顎を開いて首を突き出してきた。
「!!?」
粘液が纏わり付いた赤黒い肉が蠢いている食道を見た瞬間、ナルトは今度こそ背筋が凍った。
食われる。
死ぬ。
絶望的な未来が鮮明にイメージ出来た。
「っだぁッ!!」
それでも体が硬直しなかったのは、長年の修行の賜物であった。
ナルトは剥き出しになった牙の付け根、つまり歯茎を蹴り付けてその反動で後ろに飛んだ。
いや、飛んだというよりは寧ろ転がったというのが適切だろう。
砂に汚れながら地面を二転三転する姿には、鮮やかさなど微塵も感じられない。
―しまった、後ろにはせっちゃん達が…。
かわすだけで精一杯で、逃げる方向を気にしている余裕すらなかった。
回避の基点となった蹴りも力加減を間違え、どこまでも転がっていく始末だ。
―ヤバかった、今のはヤバかった!
自力で回転を止めて立ち上がったナルトは、肩で息をしながら五体の感覚を確かめた。
腕もある、脚もある、頭もある。
手足の指も欠ける事なく揃っている。
擦り剥いた皮膚がヒリヒリするのは生きている証。
一瞬たりとも気が抜けない状況なのだが、生きている実感を噛み締めずにはいられなかった。
「ル■ぅ■グ■■ル■ゥ■■ッ…」
竜は仕留め損ねた獲物を忌々しげに睨むと、二度目の突撃を敢行する。
ナルトは軽く膝を曲げ、やや大きめのスタンスを取った。
両足に乗せる体重を均等に保ち、上下左右どの方向へも動けるようにしておく。
―右か!!
竜の右肩の筋肉の動きで攻撃に移る一瞬を見極め、タイミングを合わせてスタートを切る。
右爪による第一撃は頭を下げて避け、続く左の二撃目は地を這うような突撃で避けた。
さっきと同じなら、この後噛み付きが来る。
そうなる前に、ナルトは二撃目をかわした勢いのまま、脇の下を潜り抜けて背後に抜けた。
攻撃を読まれた竜は空振りした爪を地面に噛ませ急制動を掛けるが、加速した巨体を止めるのはそうそう容易ではない。
重量にそぐわないデタラメなスピードが仇となって、方向転換で遅れを取る形になってしまった。
体の小さなナルトは、すぐに反転して攻撃の準備を終わらせている。
実体を持った分身が5体。
それが一斉に術を放ち、無防備になった竜の背中に紅いチャクラの塊が降り注いだ。
攻撃が命中して竜の気が逸れた隙に、本体のナルトは近くの木に同化して姿を消す。
残った分身が1人につき片手で5発、5人がかりで一度に計25発の螺旋丸を放って竜を攻撃する。
片方を投げる間に空になった方の手に次弾を装填し、5人全員で間を空けずに次々と撃ち続けている。
―…おいおい、ダメージなしかよ。
距離を取って竜を観察する本体は、思わず舌打ちしそうになった。
竜はあれだけの集中砲火を浴びて、ダメージを受けていないかった。
鬱陶しそうにはしているものの、倒れるどころか苦しむ素振りさえ見られない。
螺旋丸を全身に被弾しながらの状態で、平然と突撃の姿勢に入っている。
―成る程、物理攻撃だけじゃなく術にも有効なわけね。
つくづく頑丈な鎧に、ナルトは驚きを通り越して感心さえしていた。
―……けど。
しかしそう思える余裕があったのも、突破口が見えてきたからだった。
―完全無欠ってわけじゃあ……なさそうだな。
如何に強固な外殻であっても、負荷を与え続ければダメージは蓄積する。
今の攻撃でそれが証明された。
重点的に狙った背中の辺りは、僅かに殻が剥がれつつあった。
―さっきと同じ要領で突進かわして、隙が出来たとこに弾ぁしこたま撃ち込んでやるか。
殻さえぶっ壊しちまえば、どうにでも料理出来っからな。
竜が身を沈めると、ナルトの影分身達が攻撃を止めて方々に散った。
一箇所に固まらずバラける事で、攻撃される確率は五分の一に減らしたのだ。
攻略法が見えたとは言っても、ダメージが通るまで殻を剥がすにはかなりの時間を要する。
油断の出来ない状態はまだまだ続くだろう。
不測の事態が起きた時の為、チャクラを温存しておくのは忍の基本。
普段の様な大盤振る舞いをしないのは、ナルトの本気の表れであった。
雪達から遠ざかるように誘導しつつ、突進をかわして螺旋丸を浴びせる。
少しずつ少しずつ、地道に殻を破壊していく。
地味な作業ではあるが、ナルトの作戦は徐々に実を結び始めていた。
この場から雪達の所までは、裕に数百m。
思ったより十分な距離を稼ぐ事が出来た。
竜のスピードにも目が慣れ始め、一度に打ち込む攻撃の数もかなり増してきている。
この調子で行けば、あと少しであの忌々しい鎧を剥ぎ取れる。
攻撃を待ち受けるナルトの顔に、力強い笑みが浮かんでいた。
しかしここにきて、一連の作業と化した行為に変化が生じた。
それは竜の突進が8度目を数えた頃であった。
―……なんだ?
攻撃が来ない。
体を沈めたまま竜が動きを止めてしまった。
『『『『『いっ!?』』』』』
次に起きた予想外の事態が、ナルトを硬直させた。
竜の背中が激しく波打ったその直後、殻を下から突き破って何かが生えたのである。
「ガ■■ぁ■■■ァ■■―――――ッ!!!!」
竜が再び咆哮を上げると、小さく折り畳まれていたその何かが大きく広がる。
周囲に飛び散る体液。
それには構わず、ナルトは竜の背に目を凝らした。
広げられたものの正体が翼だと気付いた時、強い風が吹き付けてきた。
飛ばされまいとナルトが抗えば、それを嘲笑うように風が勢いを増す。
その間にも竜は羽ばたく回数を増し、巨大な体をどんどん上空に持ち上げていく。
このまま行くと、いずれ射程距離の外に逃げられる。
『させるか!!』
影分身の一体が、印を結びながら樹を駆け上がった。
『てめぇも地べたで戦いやがれ!!』
樹の天辺から跳躍し、飛翔する竜の真上から火の息を吹き付ける。
だがナルトの炎はかすりもしなかった。
竜は空中で身を翻して尾の一振りで影分身を消滅させ、下を見下ろして大きく口を開くと次の瞬間、地上に向けて濁った液体を噴射した。
液体を浴びた森の木々が、凄まじい勢いで枯れ細っている。
ナルトが身を隠していた樹も液体を浴びた所為で、ボロボロになって崩れてしまった。
―ぐ…この匂い……!
『おい! 来るぞ!!』
地面に降りた本体が辺りに漂う刺激臭に顔を顰めていると、影分身の1人に注意を呼び掛けられた。
上を見やると、障害物がなくなって見晴らしのよくなった地上目掛け、垂直に急降下してくる竜の姿が見えた。
―速ッ!!
翼を固定してグングン近付いてくる1tの巨体は、それは凄まじい速度であった。
ナルトは影分身を一体だけその場に残すと、他の影分身と一緒に慌てて落下地点から離れた。
回避というより最早避難である。
1人その場に残った影分身だけが、有りっ丈のチャクラを掌に注ぎ込んでいる。
準備するのは遠距離用の弐式ではなく、近距離用の壱式。
射程距離は短いが、その分威力で弐式に勝る。
影分身の利点を生かした相打ち狙いである。
『かかって来いやコラァ!!!』
間近に迫った竜を、充実した気合で迎え撃とうとした矢先。
『あ』
影分身のナルトは間抜けな声を上げてあっさり消滅した。
竜が例の液体を飛ばして来たのだ。
味の無くなったガムでも吐き出すような気軽さで………。
残念ながら射程の短さが仇となったようだ。
あまりのあっけなさにナルト達は一瞬うろたえそうになったが、すぐに持ち直した。
影分身が身を挺して竜を引き付けたのが功を奏し、このタイミングで行けば地面と激突する。
『奴の犠牲は無駄じゃなかった』
『お前の事は忘れない』
「……大した奴だ」
傍から見ていれば空しい会話である。
だがさっきの影分身のやられ方は、それを上回る空しさに満ちていた。
誰も褒めてくれないのでせめて自分ぐらいは褒めてやらねば、あまりにも救いがない。
自画自賛でもいい、とにかくあの犠牲は無駄ではな……。
『うげっ!』
『ノぉ!?』
無駄だった。
あわや激突!と錯覚する絶妙のタイミングで、竜が進行方向を変える。
翼の微妙な調整で速度を落とす事なく、殆ど直角に曲がって突っ込んできた。
地上スレスレ。
超低空飛行の体当たり。
残っていた3体の影分身の内、2体が攻撃をかわし損ねて消滅する。
『んの野郎!!』
消滅を免れた1体はすぐさま反撃を試みたが、後から遅れて襲ってきた爆風が直撃。
一足遅れで他の影分身と同じ運命を辿った。
―……マジか…。
一度の攻撃で全ての影分身を消滅させられたナルトは、上昇していく竜を呆然と見送った。
―勘弁してくれよ。
空中から滑空してくる竜のスピードを肉眼で見切るのは困難である。
しかもそれを回避するとなると、また一段とハードルが高くなる。
急降下の後の急上昇。
これが痛すぎる。
今まで突破口となっていた突進後の隙が全くの皆無となってしまった。
空中からの降下は地上での突進のようにかわされた後に一々ブレーキを掛ける必要がなく、方向転換も空中という安全地帯で行われる。
反撃しようにも突進後の隙を爆風が補い、こちらが身動きに出来ない間に射程距離の外に逃げてしまう。
風が治まるのを待って攻撃したところで、その頃には既に空の上。
手持ちの対空技では、撃った所で避けられるのがオチだ。
玉砕覚悟で迎え撃つにしても、酸を吐かれたらさっきの二の舞になる。
―……どうしろってんだよ。
いよいよ旗色が悪くなり、ナルトの顔が盛大に引き攣ってきた。
竜は元々空中戦が本領なのか、動きが地上にいた時よりも格段に良くなった。
ナルトの遥か頭上を悠々と旋回しながら、降下のタイミングを計っている。
すぐに攻撃しないのは、ナルトに対する用心からである。
片目を潰された上に、防御の要である外殻をかなり剥がされている。
一度目の攻撃が上手くい行ったからと言って、不用意に突っ込めば予期せぬ反撃を食らうやもしれない。
ナルトがそうであるように、竜もまたナルトを警戒していた。
―クソ、降りてくんな!
まだ降りてくんなよ!!
そうとは知らず、神経をすり減らしているナルト。
対策が何も浮かばない。
今攻撃されたら終わる。
ナルトは生き残る為に必死で知恵を絞った。
あーでもない、こーでもない。
今自分が持っている手札を様々に組み合わせ、効果的な戦術を見付けようとする。
―あ―――!! 駄目だ!! イライラする!!
……まぁ、そんな都合よく事が運べば誰も苦労はしないっちゅう話だった。
ナルトが発狂したように頭を掻き毟る。
竜からすれば、絶好のチャンスである。
無論、見逃す筈はない。
優雅な空の旅を中断して、滑空の用意を始める。
もし集中力を保っていたのなら、ナルトもそれに気付いていた筈だ。
「おい狐!」
「あぁん!? 誰が狐だ!!」
ナルトを正気に戻したのは、意外や意外。
唐突に現れた再不斬から放たれた憎まれ口だった。
「誰かと思ったら再不斬じゃねぇか。 お前傷は?」
上半身を覆うように包帯を巻いているが、顔色はそれ程悪くない。
砕けていた指も元通りになっている。
カブトの治療が間に合ったのだろうか?
そんなナルトの疑問には答えず、再不斬は視線を上にずらした。
「うるせぇ馬鹿。 それより上見ろ、上」
「上? って、だぁああああぁぁあッ!!」
言われて漸く竜の接近に気付いた。
まずい。
まだ迎撃する手立てが浮かんでいないのに。
今突っ込んでこられるのは、本気で勘弁願いたい。
慌てふためくナルトの奇声が、辺りに木霊した。
「チッ、馬鹿が」
「グボッ!!」
蹴られた。
予告なしの蹴りを横っ腹に喰らった。
腹の力を抜いていたところにもらったので、胃の中身をぶち撒けそうになる。
見るに堪えない顔で転がっていったナルトを満足そうに見送ると、再不斬は迫ってくる竜に手裏剣を投げた。
「ア、アホか!! んなオモチャが効くわきゃねーだろ!」
如何に防御力が落ちていても手裏剣如きでダメージは望めない。
口周りの涎も拭かず、ナルトは叫んだ。
案の定、竜に傷一つ付けられず手裏剣が弾かれる。
「知ってるよ馬鹿」
しかし再不斬は落ち着き払っていた。
手裏剣が通用しない事など、最初から解っている。
手裏剣はあくまで竜の注意を自分に向ける為のものであって、ダメージを狙って投げたものではない。
―な、何だってんだよ…その余裕は…!?
再不斬は臆する素振りも見せず、ボロボロになった愛刀を肩に担いだまま襲ってくる竜を眺めている。
逃げる気配も印を結ぶ気配もなく、ただ不敵な笑みだけを浮かべて立っている。
―…か……かっちょ良い…!
威風堂々。
恐れを知らぬ男の背中。
口布の先端が風に靡く様など、子供の頃に思い描いた英雄そのものではないか。
遠い過去に置き忘れた熱い鼓動が、胸の奥底から沸々と蘇ってくる。
―畜生……認めたくねぇ。
再不斬のクセに…!
知らず知らず、拳を握っていた。
体の震えが止まらない。
不覚にも再不斬に憧れを抱いてしまった。
ひょっとしたら、何とかなるかも。
そう思わせるだけの何かが、今の再不斬にはあった。
期待するなと言う方が無理だった。
ナルトは蹴られた恨みをキレイサッパリ忘れ、萎えかけていた闘志を再燃し始めた。
そこへ、溶解液の放射が降り注いだ。
空気読めよ!
叫びそうになったのを堪えて、どうにか回避に成功するナルト。
一方で、棒立ちだった再不斬の方が直撃を受けた。
少なくとも、ナルトの目にはそう見えた。
「再不斬!!」
蒸気が邪魔で周りが見えない。
懸命に目を凝らしていると、ぼんやりとだが人影が見えた。
―無事だったのか!?
驚いたのはナルトだけではない。
どう考えても避けられるタイミングではなかったにも拘らず、再不斬は平然とそこに立っていた。
攻撃した竜にも僅かながら戸惑いが感じられる。
しかし動きが鈍ったのは一瞬。
竜は自らの迷いを断ち切るように、再不斬に体当たりをお見舞いした。
「!?」
結論から言うと、攻撃は命中した。
腹部に竜の頭がめり込んで、体がくの字に折れ曲がっている。
どう見てもクリーンヒットです、本当にありがとうございました。
動けなかったのか動かなかったのかは定かではないが、結局最後まで突っ立っていただけだった。
「うぉおおいッ!!?」
これが叫ばずにいられるか。
散々恰好付けておいて、あっけなくやられすぎだ。
一体何をしに来たのか全く分らない。
しかもズボンの裾が上手い具合に頭部の鱗に引っ掛かり、そのまま空に掻っ攫われようとしている。
「あ、あほかぁ―――ッ!!!」
「アホはテメェだ。 オレぁ端っからここに居るぜ」
「!! 再不斬!? じゃあ向こうのは…」
いきなり真横に出現した再不斬は、驚くナルトを小馬鹿にするように鼻を鳴らして印を切った。
「んなもん分身に決まってんだろうが」
体に張り付いていた再不斬が液体に変わり、竜の顔が煮え滾った油を被ったように焼け爛れた。