NARUTO
〜九妖忍法帳〜 57話目




その気になったナルト達にとって、森を突破する事など容易い作業だった。

活動を再開してから凡そ1時間が経過した今、ゴールは既に目と鼻の先にある。

あとは近くで罠を張っているコレクターから、カブトの分の巻物を調達するだけなのだが・・・。

どうやらその必要もなさそうだ。

お目当ての物は、今目の前に転がっている。

「おーおー、こりゃまた見事にやられたもんだなぁ」

どのようにやられたのかは、目の前に広がっている景観が語っている。

規模こそ小さいが、まるで隕石が落ちたような有様だ。

極めて限定されたスペースの中から、一切の物がなくなっている。

そこには剥き出しになった大地の他には、何も残っていない。

木々もなければ草もない寂しい空間だ。

唯一目を引くものといえば、更地の中心に刻まれたクレータぐらいのもの。

いや、良く見るとクレータではなく人の足型だ。

結構な力で踏み込んだのだろう。

丁度ナルトと同サイズの足型が、赤茶けた地面に不自然なまでくっきりと押されていた。

「こりゃ土遁か風遁系だな、多分」

火遁や雷遁ならば周囲に焦げ痕が残っている。

地面の土がサラサラに乾燥しているところを見ると、水遁の可能性も極めて薄い。

「この額当ては、雨隠れの受験生か」

更地の端の方で伸びている受験生は、雨隠れの下忍だった。

倒れてきた木に頭を打ち付けたのか、見事なまでに白目を剥いて気絶している。

仲間の2人も一人目からそう離れていない場所で、木の下敷きになっていた。

尚、ナルトはその中の1人に見覚えがあった。

―あ、コイツうちはにやられた奴じゃん。

初日に7班の巻物を奪おうとして、サスケに撃退された雨忍。

生きているかどうかは、今カブトが確かめている最中である。

「……息はある。 近くに人の気配もないから、罠ではなさそうだね」

3人とも気絶しているだけだった。

「大方他の受験生にちょっかい出して、返り討ちにされたんだろうね」

幸運な事に巻物は手付かずのまま。

それも天の書と地の書がセットで脇に転がっている。

「巻物が無事なところを見る限り、戦った相手は既に巻物を揃えていて、余計な巻物を奪う必要がなかったと考えるのが自然だろうね」

「となると、こいつら巻物揃ってんのに喧嘩売ったって事か?」

「後々の為に合格者を減らしておこうと考えたか、私怨かなにかで手を出したか…。
 巻物が揃っているにも拘らず戦いを仕掛けたとなれば、理由はそんな所か」

「それで合格逃してりゃ世話ねぇな。
 巻物揃えた時点でとっととゴールすりゃよかったものを…」

「確かに、褒められた結果じゃないな」

ナルトもカブトも結構言いたい放題言っているが、相手が悪かったというのもある。

「自分の能力を生かして立ち回れば逃げるくらいは出来ただろうに」

雨隠れの里は里独自の術の開発に力を注いでおり、中でも特に暗殺術や幻術が発達している。

その為、雨隠れの忍は基本的に直接戦闘をあまり好まず、大抵の者は陰行を用いて背後からグサリと殺ったり、遠くから幻術でジワジワといった戦法を好んで使用する。

ここで伸びている受験生達もその例に漏れず、得意としているのは幻術であった。

【霞従者の術】と言って、無数の幻影を生み出して敵を追い詰める術だ。

ナルトの多重影分身と違ってあくまで幻影なので、攻撃は幻影を囮にして術者が物陰などから行わなければならない。

ちなみに、幻影は攻撃を受けると増殖する。

黒い幻影が増殖を繰り返して際限なく増え続ける様は、まるで流しの下に現れる害虫。

見ていてあまり気持ちのいいものではない。

尚この術はチャクラの消費量は極めて少ないので、術者のチャクラ切れを待つのはあまりお勧め出来ない。

実際彼らと戦った相手は、チャクラ切れを待ったりせず自ら打って出ている。

このすっきりした更地は、雨忍の対戦相手の置き土産というわけだ。

「しかし普通、物陰ごと吹っ飛ばしたりするかねぇ…」

えらい無茶をする奴が居るもんだと、呆れたようにナルトは言う。

「まぁどの道こんな様じゃあ、ここを乗り切っても先は知れてる」

カブトは辛辣なコメントを並べながら、空いている手で落ちていた雨忍の巻物をがめた。

「…さて…と」

盗るもん盗ったし、もうここに用はない。

他人の振り見てというわけではないが、間違いが起きる前にさっさとゴールしておこうとナルトはその場を後にする。

「…ちょっとカブトさん? 一体何をしてらっしゃるので?」

立ち去ろうと思ったら、カブトが奇妙な行動に出た。

気絶した雨隠れの連中を木の下から引っ張り出そうとしている。

「見ての通りさ。 ナルト君も手を貸してくれないか?」

「…何の為に?」

ハッキリ言ってしまうと、雨忍は雑魚である。

そんなのを助けて一体何のメリットがあるのやら。

最初はそう考えたナルトだが、カブトはタダ働きをするようなガラでもない。

何か理由があっての事だろうと、理由は分らなくとも手伝う事にした。

「ほらよ」

ナルトが倒れた木を持ち上げて隙間を作っている間に、カブトが雨忍を引き摺り出す。

残る2人も同じ要領で助け出す。

「で、どうするんだ?」

「別にこいつらをどうこうする気はないよ。
 ただ戦った相手の事を聞いておきたいのさ。
 嘗めて掛かるとこいつらの二の舞になりそうだからね」

「成る程」

一理ある。

雨忍が戦った相手はそれなりの実力を持っており、真面目にやらねばナルト達でも危うい相手かもしれない。

普通だったらこれ程深刻に考えたりはしないが、今回の試験は少し妙だ。

自分やカブトみたいのが他に居ないとも断言しかねる。

考えすぎと言われればそれまでだが、用心するに越した事はない。

「…せーの!」

「げほっ! げほっ!」

カブトに活を入れられ、雨忍の1人が目を覚ました。

「…う…ぁ?」

起きたばかりで頭に血が回っていない所為か、まだ目は虚ろだ。

フラフラ頭を揺らしながら、しきりに周囲を見回している。

「!!?」

ナルトと目があった瞬間、雨忍は大きく目を見開いた。

「ひぃっ!?」

悲鳴と殆ど同じタイミングで、どういうわけか手裏剣が飛んできた。

「何しやがんだコラァ!!」

頭に来たナルトは、避けると同時に顔に蹴りを入れて寝かし就けた。

心なしか前より深い眠りに落ちたような気がする。

「……ナルト君…折角起こしたのに」

カブトが冷たい目で睨んでいる。

「ごめん。 …つい」

反射的に手が出ただけで、悪気はなかった。

「あーあ。 当分起きないよ、これじゃ」

「だ、大丈夫だ。 残った2人から聞き出そう!」

眠ってしまった雨忍を隅の方に追いやり、新しいのと交換する。

ナルトはは雨忍の肩を掴み膝を背骨に沿え、見様見真似で活を入れてみた。

………やらなきゃよかった。

背中の辺りから音がした。

ボキッ………という嫌な音が。

加減を間違ったらしい。

雨忍が涎を垂れ流して痙攣し始めたので、ナルトは思わず目を背けた。

「……ちょっと。 話を聞きださなきゃいけないってのに、口を塞いでどうするのさ」

「……あ、あと1人…」

「いや、もういい。
 頼むからジッとしててくれ」

「…はい…」

まさかの戦力外通告。

三者凡退となる前に降板させられた。

しかし失態を晒した手前、大人しく引っ込まざるを得なかった。

「まったくもう…」

カブトは聞き取れないぐら小さな声で文句を言いながら、最後の望みを賭けて3人目を覚醒させた。

俺は前の失敗を繰り返さないように、最新の注意を払って傍観に徹する。


「ぎゃああぁあっぁああぁああ!!!!」


悪夢再び。

仲間と同様に、ナルトを見た途端雨忍が手裏剣を乱射し始めた。


「寄るなッ!!! 寄るなぁぁあぁッ!!!」


半狂乱のわりに狙いはすこぶる正確だった。

すぐ隣にカブトが居るのに、全ての手裏剣をナルトに飛ばしている。

「おいカブト、さっさと用件済ましてくれ」

払い除けた手裏剣の数は10や20ではない。

手出ししないと心に決めたものの、雨忍からの仕打ちで血が上る。

早くしなければリミッターが外れてしまう。

「ど〜ど〜。 ど〜ど〜。
 大丈夫、何も心配はいらない。
 だからまずは落ち着こう。
 落ち着いて話し合おうじゃないか」

カブトが雨忍を羽交い絞めにしたので、とりあえず手裏剣の雨は止んだ。


「あぁああああぁぁぁああッ!!!!」


「え〜っと、雨隠れの君。
 まずは名前を教えてくれないかな?」


「うあぁああああぁぁあぁッ!!!!」


「………ダメだこりゃ」

カブトが溜息を吐いた次の瞬間、うっ!と短い呻き声が上がった。

よく見ると、沈黙した雨忍の首筋に針が刺さっている。

「殺っちゃったのか?」

「止してくれよ、人聞きの悪い。
 ちょっと眠ってもらっただけさ」

引き抜いた針の先端から透明の液が滴っている。

多分麻酔薬の類だろう。

「しかし、あの怯え方は尋常じゃなかった。
 一体何が彼をあそこまで追い詰めたのか…」

「そこで俺を見る意味は?」

カブトの目は丸っきり容疑者を見る目付きだった。

だが四六時中カブトと一緒に居たナルトが何か出来るわけはない。

「結局真相は解らず仕舞いか」

迷宮入りでも全然構わなかったので、とっとと出発する事にした。

「知らぬは本人ばかり…か…」

後ろからそんな呟きが聞こえたが、ナルトにはどういう意味かさっぱり解らなかった。









陽が沈み、闇が訪れた。

今宵は満月。

夜闇に浮かんだ妖しい光が、森全体を包み込むように照らしていた。

しかし夜の明るさとは対照的に、森は全てが死に絶えたような不気味な沈黙を保っていた。

鳥や小動物の類は言うに及ばず、日頃我が物顔で夜を闊歩している猛獣達までもが、森に漂う気配に怯えていた。

彼方から、獣の遠吠えに似た音が聞こえる。

巣穴の中で息を殺していた獣達が一斉に動き出した。

行き先は何処でもよい。

少しでも、ほんの少しでも遠い所へ。

沈む船から鼠が逃げ出すように、獣達が先を争って巣から飛び出していく。

最早この場には、獲物も捕食者もない。

生存本能。

共有するものはただ一つ。

そのたった一つの意思が、種の垣根を越えた巨大な流れを作り出していた。

だが、自らの意思でその流れに逆らう例外もあった。

雪の使役する化け猫の【マタタビ】が、獣達の行軍の中を出鱈目な速さですり抜けていく。

「マタタビ、まだか!?」

木の上を移動しながら後を追うナルトが、怒鳴るように言った。

こうして走ってはいるものの、詳しい事情は何も分っていない。

マタタビが現れたのは、日没間近の夕暮れだった。

ナルトはカブトと塔の前でカブトの仲間がくるのを待っていた。

『雪が危ない、すぐ来てくれ』

マタタビはいきなりやってきて、たったそれだけを伝えてすぐに走り出してしまった。

マタタビは雪の使役する忍猫の中でも、スピードにおいては最速を誇る。

それが使いとして寄越されたのだ、雪と再不斬の置かれている状況は察するに余りあった。

事態の深刻さを憂慮したナルトは、カブトに碌な別れも告げずマタタビの後を追った。

「おいマタタビ!!」

上から降ってくる苛立たし気な催促に、マタタビは短い舌打ちを漏らした。

危機が迫っているのは他ならぬ己の主。

マタタビはナルト以上の焦りに駆られていた。

今はただ只管に時が惜しい。

一分一秒の後れが主人の明暗を分ける。

【もうすぐだ!! 無駄口を叩いて遅れるな!!】

マタタビは短く答え、更にスピードを上げた。









【あそこだ!! 2人ともここで止まれ!!】

マタタビに言われるまでもなくそれを視界に捉えた瞬間、ナルトとカブトは自分の意思に関係なく足を止めてしまった。

「トカゲ…? いや、違う……あれは」

我が目を疑ったのは、どちらも同じだった。

カブトなど一瞬、自分が夢の中にいるのではないかと思った。

まだかなりの距離を残しているというのに、遠目に見ただけでそれが何なのかを理解させられた。

冗談にも程がある。

想像もしなかったものが目に飛び込んできた。

「――――――竜」

書物によればトカゲなどの爬虫類に似た外貌をしており、背中に生えた翼で空を自由に飛行するとされている。

大半は山の様な巨体に鋭い爪と牙を備え、口から炎や稲妻、一説には猛毒を吐き出すというものもある。

竜の存在は様々な地方の神話や伝承に登場し、名称だけなら子供でも知っている有名な魔獣である。

しかし圧倒的な知名度の割に実際の目撃例が皆無と言ってよいほどで、その生態や能力の程はあまり知られていないのが実情だ。

博識なカブトでさえも、実物を目にするのはこれが初めての事だった。

「姿形は伝承と一致する……だが、俄かには信じ難いな」

【気持ちは分るが、生憎現実だ】

竜の全長は目算で6m。

書物が伝える程の大きさではないが、それでも超規格外の生命体だ。

特に竜から感じる生命力は、量も質も他の生物とはまるで次元が違う。

今までの人生で見てきた全てが霞んでしまうほどの、圧倒的な力。

天候や潮の満ち引きがそうであるように、これは人の手ではどうする事も出来ないものだ。

確信を持って断言出来る。

自分は今間違いなく、一生に一度あるかないかの体験をしている。

竜を間近にしたカブトは、感動に近いものを感じていた。

ナルトも緊急時でなければ似たような想いを抱いていた事だろう。

「………」

カブトと違って、ナルトが抱いた感情は緊張と焦り。

そして怒りだった。

マタタビが追い詰められていた理由が、今わかった。

牙を剥いて雄叫びを上げる竜の先に、雪が居た。

右腕を根元から切断され、そこから噴き出した血が服を鮮やかに染めている。

チャクラを探るまでもなく、衰弱しきっているのは明らか。

自分の力では立ち上がる事が出来ないほどに弱っている。

雪を庇って独り竜の行く手を阻む再不斬も、致命傷となり得る傷を幾つも負っていた。

刃毀れだらけの大刀を引き摺って、血だらけになりながらそれでも戦っている。

そんな再不斬を見上げ、雪は悔しさに唇を噛み締める。

退いて堪るか、諦めて堪るか。

例え死んでもここは通さぬ。

どれ一つとして口にする事はないが、再不斬の想いだけは痛いほど伝わってくる。

それが余計に辛い。

ナルトの拳が、ミシミシと音を立てる。

自分への怒りが込み上げてくる。

2人をこんなになるまで戦わせておきながら、自分は今まで何をやっていたのかと。

【……説明が要るか?】

「……」

マタタビの問いに、ナルトは無言で首を横に振った。

説明など無用。

マタタビの願いも、自分が成すべき事も分っている。

【……オレが】

獣としての本能に逆らうと同時に、恐怖の中で己を奮い立たせる為、マタタビはあえてそれを口にした。

【オレが囮になる…。
 奴の気が逸れた隙に、2人を担いで一端逃げろ】

ナルトに頼み事をするのはこれが初めてだった。

そしておそらくは、これが最後になるだろう。

倒すのでは逃げる。

その判断はこの上なく正しい。

相手は正真正銘の化け物。

例えこの場にいる全員が万全の態勢で立ち向かったとしても、勝てるという保障はない。

自分の命と引き換えに雪を逃がすという選択でさえも、他よりは確率が高いというだけの話だった。

【…雪を…オレの主人を頼む…】

怖気づきながら、それでも逃げ出そうとはせず、マタタビは死地への一歩を踏み出した。

しかし、ナルトの手がそれを阻んだ。

【何の真似だ!?】

上から頭を押さえ付けられ、マタタビは激昂する。

「勝手に動くな。 まだ返事はしちゃいねぇ」

【お前…!! 雪を見殺しにするつもりかッ!!】

「そうじゃねぇ! いいから大人しくしろ!」

【放せ!! さもなくば殺すぞ!!】

我武者羅に振り回されるマタタビの爪が腕の肉を何度も抉るが、ナルトは一向に力を緩めなかった。

血の繋がりこそないものの雪は家族も同然の仲間。

死なせたくないという想いは全く同じである。

「カブト!! ボケッと突っ立ってないでお前も手伝え!!」

「え!? ああ、すまない!」

竜に見惚れ放心していたカブトも加勢に入り、マタタビの動きを完全に封じる。

【どけ! オレに触るな!!】

「マタタビ!! 聞け!!」

【誰がお前の話など…!】

「雪は助ける!!」

その一言で、マタタビの四肢から力が抜けた。

【…本当だろうな…】

「ああ、必ずだ。 必ず助ける」

拘束の手を緩め、腕から流れ出る血も拭わないまま、ナルトは力強く頷いた。

「ただし……段取りは俺が決める」

【…いいだろう…】

仮にも自分の主人を従えるだけの器量を持った人間だ。

肝心な局面でヘマをやらかすような三流ではない筈。

その段取りとやらも聞いてみるだけの価値はあるだろうと、マタタビはナルトの言葉に耳を傾けた。

「各人に役を割り振る。 一回しか言わねぇからよく聞いといてくれ」

口を開いたナルトに、ある種の決意が見て取れた。

普段の馬鹿さが抜け、一端の男の顔になっている。

この戦いは、正直言って勝てる見込みのないものである。

マタタビ言うように雪と再不斬を連れて一端退き、戦力を整えて再び迎え撃つのが最善の策。

だが生まれながら人柱力という宿命を背負った身では、逃げるという選択肢さえ選べなかった。

15年の歳月を経た今も、木ノ葉の里は未だ妖魔のトラウマから抜け出せていない。

そんな里に竜…妖魔を放てば、住人達はどういう反応を示すか。

真っ先に疑いの目を向けられるのは誰か。

どちらも想像に難くない。

万一壊滅の危機を乗り越えたとしても、その後里全体が収拾のつかない事態に陥る事が目に見えている。

抑圧された感情が爆発し暴徒と化してしまえば、三代目火影とて容易には止められまい。

そうなれば三代目との約定によって縛られ手出しの出来ないナルトを護ろうと、雪は戦うだろう。

例え瀕死の重傷であっても、両手両足をもがれていたとしても。

自分の命と引き換えにしてでも。

そして、雪が戦えば再不斬も雪を護ろうと戦うだろう。

それが分るからこそ、ナルトは逃げられなかった。

何が何でもここで食い止めなければならない。

それが、2人を護るという事なのだ。

「まず奴の相手、これは俺がやる」

【…確かに、我々の中で奴と戦えるのはお前だけだろうな】

「………【我々】?」

不思議な言葉だった。

さっきナルトが言っていた『各人』という言葉にしてもそうだ。

まるで自分が勘定に入っているかのような、奇妙な言い回し。

カブトはまだ参戦するとは一言も言っていない。

なのに目の前で話がとんとん拍子に進んでいくので、背中の辺りにうすら寒いものを覚えた。

「よし。 次にマタタビ、お前は俺のサポートだ。
 多少無茶な注文だが、どうにかして奴の気を散らしてくれ。
 隙が出来たら俺が特大の一発をねじ込んでやる」

【わかった、出来る限りやってみよう】

「…あの…」

嫌な予感がする。

この調子で役を割り振られたら、次は自分が名を呼ばれる番だ。

いくら命を救った恩があるからとはいえ、まさか昨日今日会った他人も同然…てゆーかぶっちゃけ赤の他人ですけど。

そんな自分を命のやり取りに引き摺り込むつもりでいるのか?

―まさか…ね。

流石にそれはないだろうと自分に言い聞かせるカブトだが、やはりどうも嫌な予感が拭いきれない。

正直、それは心の底からお断りさせていただきたいところだ。

カブトがここに来たのは完全に成り行きであって、竜と戦うと事前に知っていればノコノコ着いて来たりはしていない。

確かにカブトは大蛇丸抹殺の為、ナルトの力を欲している。

命を救ってもらった礼に、協力してやりたい気持ちもある。

でもだからといって、竜と戦うという選択肢は到底有り得るものではない。

アレと戦うくらいなら、単独で大蛇丸に挑んだ方がまだ分があるというもの。

人は誰しも、自分の身が可愛いものである。

会って間もない他人の為に危ない橋は渡れない。

この際ハッキリ断っておいた方が無難だろうと、カブトは2人の会話にそっと声を滑り込ませようとした。

だが、

「カブト、あんたには2人の治療を頼む」

「え゛?」

「いや。 『え゛?』じゃなくてさ。
 俺とマタタビであの化け物を食い止めとくから、その間に2人を治療してくれ」

遅かった。

何もかもが遅かった。

『え、協力してくれるんでしょ?』

『じゃなかったら何しに来たの?』

ナルトの顔にはそう書いてある。

冗談も程々にしろ。

という声が思わず出掛かったが、この空気でそれを口にする程愚かではない。

カブトは数秒前まで頭に血を上げていた化け猫をちらっと見やり、舌の先まで出掛かった言葉を喉の奥へと押し戻した。

【小僧、返事はどうした…】

耳元で低い唸り声が聞こえた瞬間、うなじに生暖かく湿った風が覆い被さる。

「………」

自分の背後に何があるか、振り向くまでもなかった。

【よもや貴様、我が主を見捨てるつもりではあるまいな】

ご丁寧にも正面に回りこんで、真っ向からメンチを切ってくる化け猫。

意思の疎通は到底不可能である。

眼が完全に逝っとる。

「気持ちは分るが落ち着けってマタタビ」

血走ったマタタビの眼光を遮る形で、ナルトはカブトの前で膝を折った。

「無理なのも厚かましいのも重々承知だ。
 だが、その上で頼む。
 どうしてもあんたの腕が必要なんだ。
 この礼は何だってする。 
 だから頼む、俺の仲間を助けてくれ…」

ゴツンと鈍い音を立てて、地面に頭を擦り付ける。

【さっきのは忘れてくれ……オレからも改めて頼む】

ナルトが土下座するのを見て、マタタビも爪を引っ込めて地面に伏せた。

「………」

暫しの間、カブトは目を閉じた。

かつて、自分がこれ程までに必要とされた事があっただろうか。

大蛇丸とその前の主人。

記憶を掘り返してみたところで、いい思い出など出てくる筈はない。

だがこの少年の下でなら、もしかすると……。

不思議とそんな気にさせられる。

―……って、何をその気になってるんだボクは!

流されそうになっている自分に気付いたカブトは、思考をリセットすべく激しく頭を振った。

―考えてもみろ。
 ここでナルト君に協力したとしても、ボクに何のメリットがあるっていうんだ。

依頼されているのが後方支援とはいえ、相手が人外なだけに死亡する確立は高目である。

直接戦闘を担当するナルトに至っては、生存率絶無といっても過言ではない。

これでは例え自分が生き延びられたとしても、後に得るものが何一つないではないか。

この世知辛い世の中、仁義だけでは生きられないのが現状だ。

まして忍の世界ならば尚の事。

ナルトには悪いがここは自分の身を第一と考え、治療の役目は謹んで辞退させてもらおう。

「…ナルト君…残念だけど…」

スパイ人生で培ったカブトの演技力が、ここぞとばかりに爆発した。

持てるスキルを余さず発揮し、体全体で申し訳なさを演出。

特に表情には一段と力を入れており、頼んでいる方が申し訳なくなってしまうぐらい悲壮感が漂っている。

―勝った。

カブトは仮病と謝罪の演技には絶対の自信を持っていた。

後は向こうから依頼を取り下げ、万事が解決する。

そう思ってナルトの言葉を待っていると、そっと肩に手を置かれる。

―…キタ!

笑みを悟られないよう俯く。

相手からすれば、力の無さを恥じているようにも見える。

全ては計算ずくだ。

が、ナルトには全く通用しなかった。

「痛ッ!! いだだだだだっ!!!」

肩に置かれた手が肉を掴んで強烈に圧縮している。

「俺もこういう強引な事はしたくなかった。
 だが、この急場でそうも言ってらんねぇんだ」


2人を救うには高度な医療技術を持った者のサポートが必須。

この際本人の意思や都合は一切関係ない。

都合の悪い事は全て却下である。

「頼んでんじゃねぇ、命令してんだ。
 ごちゃごちゃ言ってねぇで手を貸せ」

さもなきゃ殺す。

殺し屋の眼付きでチャクラを狐形に具現化し、解り易い脅しを掛けるナルト。

「ま、まさか…九尾のチャクラ…」

「ああ、使いこなせる」

「………」

誤算も誤算、大誤算。

最悪のニュースが最悪のタイミングで飛び込んできた。

現状で予測出来る戦力だけで、ナルトはカブトの遥か上にいる。

鍛えてやる必要などどこにもなかった。

「わ、わかった…協力するよ」

頷く以外に道はない。

ナルトの背中から際限なく溢れ出す、ヘドロのように醜悪なチャクラの渦。

断ればどんな目に遭わされるか、馬鹿でも分る。

今死ぬか、後で死ぬか。

ただそれだけの違いだと割り切って、カブトは首を縦に振った。

「さて。 段取りも決まった事だし、カブトの気が変わる前に行くとするか」

【そうだな】

「…………」

怒る気にもなれない。

自分が何をしようと気に留めるような連中ではない。

他人を超危険地帯に引き摺りこんでおきながら、侘びの一言も言わずさっさと飛び出していったのがいい証拠だ。

しかも、逃走防止の為に影分身を置いていきやがった。

「……別に逃げやしないよ」

カブトはせっつく様に指の骨を鳴らす影分身から逃れるように、嫌々ながら死地へと向かうのだった。






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