NARUTO
〜九妖忍法帳〜 56話目
「これは!?」
カブトが寄越した札に混ざっていたのは、一枚の写真。
ただそれだけならナルトも大して驚きはしなかったが、写っているのがテマリとなれば話は別だった。
しかも更に驚いた事に、その写真のテマリは7〜8才。
部屋に机が並んでいる事や、周りに同年代の子供達が居るところから見て、アカデミー時代だと推測出来る。
「ふっ、お気に召してもらえたようだね。
ちなみにそれは彼女が最初に授業を受けた時のものだ。
ふふ、緊張しちゃって…中々可愛らしい所もあるじゃないか」
聞いてもいないのに一々丁寧に解説してくれるカブト。
主人の望む事を察し、言われる前に実行する。
あの傍若無人な大蛇丸の部下をやっていただけに、細かい所によく気が付く男であった。
「あの、つかぬ事をお伺いしま「企業秘密」……そ、そうですか」
でも、肝心の入手ルートは教えない。
正確にはナルトがテマリに気があると知った為、口が裂けても言えなくなってしまった。
カブトが所有する写真の本来の持ち主は風影だ。
風影暗殺後に風影に成りすまして砂の里に潜入した折、偶然発見した隠し部屋。
そこは足を踏み込んだ瞬間クナイやら毒霧やらが間断なく降り注ぎ、たった一歩の前進さえ困難を極める場所だった。
あまりに厳重な警戒態勢の為、砂の里を揺るがす程の機密が眠っているに違いないと思い、カブトは決死の覚悟でトラップ地獄に挑んだ。
だが死ぬ思いをして辿り着いた先にあったのは、壁一面を埋め尽くすテマリの写真。
図書館と見紛う程の本棚に保管されているのは、全てテマリの写真を収めたアルバム。
そして、その写真を撮影し現像する為の高価な機材。
つまるところ、その部屋は風影の娘に対する妄執が封印された空間だったのである。
『風影には娘だけでなく息子も2人いる筈なのに、何故娘の写真ばかりが大量に…』
『姉弟で写った写真なのに、何故長男の顔だけ破り取られてるんだ?』
『ここにある撮影機材で家一件立ちそうなんだけど、その金はどこから?』
『軍縮の影響で金がない筈では…』
尽きない疑問に答えてくれる者はなく、手に入れたのは疲れと空しさだけ。
念の為に写真を全て木ノ葉の自宅に持ち帰って調べても特に暗号が出てくるわけでもなく、風影が日向の親父の同類である事が確実になるだけだった。
まぁカブトの苦労話は隅の方においといて。
写真の入手ルートを正直に話すと、風影を暗殺した事がナルトにばれてしまう。
それは拙い。
非常に拙い。
直接手にかけたのは大蛇丸だが、カブトも共犯者には違いない。
もし、将来的にナルトがテマリを射止めたとしよう。
でもって、
『毎朝お前の味噌汁が食いたい』
『…わ、わたしなんかのでよければ…』
なんて事になった場合、風影はナルトの義理の父になる。
そしてカブトは義父の仇になってしまう。
すると計画はオジャン。
その事を隠し通し大蛇丸を暗殺したとしても、もし何処かから秘密が漏れた場合。
最悪、成長した人柱力の力が自分に向く。
想像しただけでゾッとする。
……絶対に口を滑らせてはならない。
何としてでも大蛇丸を殺し、真相を闇の中に葬らねばならない。
同時に砂の里の人間にも、自分が風影暗殺に加担したと思われてはならない。
風影暗殺はあくまでも大蛇丸の独断。
自分は木ノ葉に私怨があり、木ノ葉に復讐する為に大蛇丸に協力した。
その復讐心に漬け込まれ利用されただけで、砂と敵対する意思はなかった。
風影暗殺も自分の知らないところで行われた。
頭の天辺から爪先まで嘘一色だが、筋書きとしてはこの辺りが打倒だろう。
手始めに砂とのパイプ役にそれっぽい事を仄めかしておこう。
カブトは頭の中には、既に今後の活動の青写真が出来上がっていた。
「まぁ、それなら何処から仕入れたかは聞かないけど………ホントにくれんの?」
一応お伺いを立てるナルト。
もっとも、今更返せと言われても絶対返す気はないが。
「勿論。 お望みとあらば残りの写真も全部君に上げよう」
「残り!? まだあんの!?」
あります。
とんでもない量が。
「………見た方が早いよ」
カブトは一瞬嫌な記憶が蘇り顔を顰めた。
だがすぐに気を取り直し、腰のポーチから巻物を抜いた。
巻物の帯を解き、印を結んで砂隠れから持ち帰ったアルバムを口寄せする。
量が量だったので、とりあえず一冊だけにしておいた。
「はい」
「で、では失敬して…」
ナルトは両手でしっかりとアルバムを受け取り、逸る気持ちを抑えながらページを捲った。
「うほっ!」
いい幼女だった。
誘われるままホイホイついて行きたくなるような魅力に溢れていた。
アカデミーの入学式で緊張するテマリ。
授業で元気よく手を上げるテマリ。
小さな口でお弁当を頬張るテマリ。
午後の授業でうとうと船を漕ぐテマリ。
「かわいいのぉ…癒されるのぉ…」
白米がどんぶり3杯はいけそうだった。
―…思ったより単純な性格だな。
まぁその方がボクにとっては都合いいんだけど。
物で釣る作戦が予想以上の効果があったので、カブトはここで一気に畳み掛ける事にした。
「まだまだ、おかわりは沢山あるからね」
「おおぉぉッ!!」
次から次に出てくるアルバム。
それらは全てナルトにとって宝の山である。
さしずめカブトの持つ口寄せ用の巻物は、内出の小槌といったところだろう。
「マジで、マジで貰っていいんですか!?」
「ああ。 今この瞬間から、それらは全て君の物だ」
「!!」
カブトの一言が、雷に打たれたような衝撃をもたらす。
ナルトは無言で立ち上がると、胸元から財布を取り出した。
「どうしようもなくつまらないものだが、受け取ってくれ」
「いや、別に金が欲しいわけじゃないから」
「いいから! 気持ちだから!」
先日白に強奪されやっとの思いで取り返した財布を、拒むカブトに泣きながら押し付ける。
たった1袋の兵糧丸の代価として受け取るには、このアルバムはあまりにも不釣合い。
せめて手持ちの金だけでも受け取ってもらわねば、ナルトの気が治まらなかった。
「う〜ん、本当に要らないんだけどなぁ」
「受け取ってもらわねぇと俺が困る」
何度断られてもしつこく食い下がる。
首を縦に振らない限り、諦めそうにはない。
「……よし。 じゃあこうしよう」
カブトは暫し考えて、妙案を思いついた。
「アルバムの代価としてボクを君のチームに加えてほしい」
「……そんなんでいいの?」
簡単すぎる要求にナルトは少し拍子抜けした。
「君のお陰で大分回復出来たけど、まだこの森を1人で歩き回るのは心許ない。
ボクが仲間と合流するまでの間、君やサスケ君の協力が得られると助かるな」
「要するに護衛だな」
「その通り。
君と一緒に居ればゴールに辿り着ける可能性が格段にアップするし。
万が一敵に出くわしても、君やサスケ君の力があれば難なく切り抜けられる」
これは本音ではない。
カブトの狙いは別のところにある。
ナルトと行動を共にする事で、より近くから実力を確かめる腹積もりなのだ。
「でも、あんた程の力があれば1人でも大丈夫だと思うんだが…」
まっとうな受験生の中で、カブトに勝てる者などまずいない。
そんな者が他人の助力を求めるのは不自然極まりない。
初めはそう思ったナルトだが、この試験にまっとうじゃないのが混ざっている事を思い出し考えを改めた。
自来也、大蛇丸、レンゲ。
更に自分を含めると、分っているだけでも計4枚のババが存在する。
しかもカブトは、不運にもその内の1枚を引いてしまっている。
自来也こっぴどくやられた所為で自信を喪失していると仮定するのなら、カブトの申し出にも納得がいった。
まぁ今のナルトならカブトの魂胆がどうであれ、テマリの写真を手に入れる為に多少疑わしくともOKするだろう。
「そうでもないさ。
ボクより強い奴はそこら中にごろごろしてる。
……勿論、ボク以上の奴も。
試験中に身を以って思い知らされたよ。
……まさか、あんな怪物じみたのがいるなんてね」
寒気がするような強さだった。
よもや中忍試験如きで脱落の危機に陥ろうとは、夢にも思わなかった。
「お陰でこのザマさ。
予定通り行ってるなら、今頃塔の中で次の準備でもしてた筈なのに。
情けない話だけど、まだ巻物さえ揃ってないんだ」
カブトはこれ見よがしに深い溜息を吐き、手の平で顔を覆った。
「……相手が悪かっただけだって。
アレは一種の天災みたいなもんだから」
「…怪我の原因を教えた覚えはないんだけど」
「言わなくても分るよ。 あんたをそんな風に出来る奴なんざ限られてるし」
「なるほど、そういう事か。 …そう言えば彼、ナルト君の友達だよね?」
取り扱いに苦労しそうだが戦力的には文句なしの逸材だ。
味方に引き入れておけば必ず役に立つだろう。
ただ目が合っただけで襲ってくるような手合いなので、単独での交渉は一切考えていなかった。
………さっきまでは。
ナルトと白髪の少年が知り合いならば、もしかするとナルトを介して味方に引き入れる事が出来るかもしれない。
カブトの目に期待の色が滲んだ。
「…別に友達ってわけじゃないんだが」
「…そうなんだ…親しそうに話してたから、てっきり」
あっさり否定され、肩を落とす。
「まぁ互いによく知っちゃいるが、仲良いかって聞かれるとちょっとな。 最近特に」
ナルトは眉間を揉みながら溜息を吐く。
現在自来也とは目下対立中なのである。
娘の教育方針を巡って。
「でも、何でそんな事聞くんだ?」
「この先の試験でぶつかる可能性もあるし、ちょっとでもデータを揃えておきたいと思ってね」
ついでに言うと、大蛇丸からの命令もある。
まぁそっちは本当についでだが。
「ああ、そう言う事ね。 俺の知ってる範囲でよけりゃ教えてやるぞ」
「助かるよ」
「なぁに、いいってこれぐらい。 あとアルバムありがとね。
護衛の件はきっちり引き受けっから大船に乗った気でいてくれ」
ナルトはそう言って、胸を張りつつ親指を立てた。
「それは頼もしい。 でも大丈夫なのかい? 勝手に決めちゃって」
「あ〜…確かにごねそうなのが1人いるな」
サスケの性格を考慮すると、反発が予想される。
「…よし、だったらこうしよう。
ウチの班に影分身送って、護衛は俺1人でやるよ」
「こっちとしてはありがたいけど、それバレたら拙い事になるんじゃ…」
「大丈夫。 絶対気付かない」
言い切った。
余程自分の実力に自信があるのか、余程サスケを低く見ているのか。
どちらなのかは窺い知れないが、きっぱり言い切った。
「それにあのガキが居るとごちゃごちゃうるせえからな。
居ても居なくてもいいんだったら、居ない方が絶対いい。
それに俺にも事情があってな。
あいつが居たらあんたの期待通りの働きは出来ない」
「それは困るな」
「だろ?
だから俺1人の方が都合がいいんだよ。
単独だったらどうしようが俺の勝手だからな。
護衛だけとは言わず、巻物集めにも協力出来る」
破格の条件である。
とことん運が向いてきたと、カブトは内心ほくそ笑んだ。
しかし、すぐまた不安になってきた。
ここまでとんとん拍子で話が進むのはおかしい。
何か、裏があるのではないか。
幸せに慣れていない為、目の前にぶら下がったチャンスに手を伸ばせない。
だがそんな不安も、ナルトの次の言葉で全部吹っ飛んだ。
「まぁ代わりと言っちゃなんだが…。
15分…いや10分でいい。 …1人にして」
アルバムを脇に抱き、いそいそと茂みに入っていくナルト。
「………ごゆっくり」
その背中を見送ったカブトは、人選を誤ったかもしれないとちょっと後悔した。
陽が沈み、森に5度目の夜が訪れた。
泣いても笑ってもこれが最後の夜。
タイムリミットも残すところ僅か。
未だゴール出来ず森に残っている者も僅か。
死の森に普段と変わらぬ静寂が訪れるのも、あと僅かとなった。
目ぼしい実力者が森を抜け今ここに残っているのは、巻物を奪われリタイヤに追い込まれた者。
まだ両方の巻物を集めきれていない者。
巻物を揃え、ゴールを目指している者。
もしくは、それを狙って罠を張っている者。
そして最後に、この種の試験で必ず出てくるコレクターと呼ばれる者達。
この試験は、塔が目と鼻の先であっても決して安心出来ない。
その特殊な状況下で生まれるのが彼らだ。
思わぬ強敵に出くわしてしまった時に、見逃して貰う代償としての余分な巻物を収集する者。
また、里を同じくする仲間に足りない巻物を提供する事で、以降の試験を有利にしようとする者。
更には第3の試験への進むであろう有力な突破者を、自分達の有利な状況下で潰そうと考える者。
言わずとも分かる事だが、これらに該当する者はかなりの実力者で決して慢心しない最悪の敵だ。
普通なら。
あくまで、普通なら。
生憎だが、ナルトもカブトも普通ではない。
多分両方の巻物を持っているだろうから、こいつらを狩るのが一番手っ取り早い。
そんな理由で、真っ先にコレクターを狙おうという事になった。
今回の試験でコレクターの道を選んだ者は、気の毒としかいいようがない。
何せ狙われた時点で負けが決まっている。
巻物を揃えた時点でとっととゴールしておけば、こんな事にはならなかっただろう。
ナルトとカブトが他の受験生と共通しているのは、下忍という肩書き、二足歩行で言語を喋り手先が器用で火を恐れないという点ぐらい。
他は丸っきりスペックが違う。
大体この試験に紛れ込んでいる事自体不自然な連中である。
言うなれば、カブト虫の相撲にサイが出場しているようなものだ。
他にもバッファローとか色々オカシイのが混ざっているが、それはこの際置いておく。
とりあえずナルトとカブトが移動を始めたのは、丁度日が沈み辺りが暗くなり始めた頃だった。
本当はもっと早くから行動出来た筈なのに出発が遅れたのは、10分だけと言っていた相方に4時間も待たされたからだ。
しかも遅れてきた相方は、
「いや、堪能させてもらいましたよ」
のうのうとそんな台詞をのたまった。
これでは例え殴られても文句は言えない。
というか、黙って殴られておくべきである。
だがカブトはそうしなかった。
一発ぐらいぶん殴ってやればいいものを、カブトはこの仕打ちを許しただけでなく、
「今度、もっと過激なやつをプレゼントしてあげるよ」
感涙ものの発言で器の大きさを見せ付けた。
「…そうか」
この一言がナルトのやる気、いや本気を引き出した。
明らかに眼の色が変わっている。
「ならば、こちらも相応の働きをしねぇとな」
今までとは、気合の入り方が違う。
体内にチャクラが漲り、全身の筋肉が軋んでいる。
カブト虫の相撲に出場したサイが、トリケラトプスに変身した。
まぁサイでも結果は同じだが。
コレクターの諸君がますます気の毒である。