NARUTO
〜九妖忍法帳〜 48話目
時は、数分前に遡る。
サスケが大蛇丸と闘っている最中、ナルトはレンゲと対峙していた。
「んじゃ、始めようか」
レンゲは大蛇丸がある程度離れた位置に移動した事を確認すると、身動きを封じていたナルトをあっさり解放した。
「ふふっ、遠慮しないで本気で掛かってきていいからね?」
緊張感を感じさせない態度で懐から紐を取り出し、前髪を掻き上げて邪魔にならないよう後で縛る。
「なんかお前・・・楽しんでねぇか?」
少々興奮気味のレンゲに、呆れたように眉を顰めるナルト。
「仕方ないじゃないか。 だって初めての経験だからね・・・・・・『姉弟喧嘩』なんて」
レンゲは照れたように笑ってポリポリ頬を掻いた。
『ボクはレンゲ。 君と同じ『四代目の血を受け継ぐ者』だよ』
「チッ・・・。 やっぱあん時のアレは聞き違いじゃなかったのか・・・」
ナルトは一次試験の時に言われた言葉を思い浮かべ、複雑な表情になった。
「まぁ何にせよ、感動の再会ってわけにゃいかねぇようだな」
「クスン・・・運命って残酷だね」
「はっ、心にもねぇ事を・・・」
わざとらしく袖で目元を覆うレンゲに挑発的な眼差しを向け、構えを取る。
右足を大きく引き、右手を握り締めて脇を絞る。
この極端な前傾姿勢は、突進力を重視したものだ。
「あんま気乗りはしねぇが、とっととテメェ倒してあの変態野郎を追っかけねぇとな」
ナルトは一撃で勝負を決めようと、本気でチャクラを開放し始めた。
浮き上がった大小の石が、空中で四方に弾け飛んでいる。
「あはは、倒せたらね」
その言葉を最後にレンゲから笑みが消え、全身から真っ赤なチャクラが溢れ出した。
「(このチャクラ・・・) 親父が同じ上に、人柱力ってとこまで一緒かよ・・・ったく」
ナルトに匹敵する程の膨大な量と、人ではあり得ない禍々しい気配。
「【八俣 レンゲ】・・・参る」
レンゲの両手に何時の間にか、クナイが握られていた。
一次試験の直前、ナルトに投げた物と同じだ。
―・・・近距離型?
クナイは順手ではなく逆手に持たれている為、投擲に用いられるとは考え辛い。
ナルトは肉付きの薄いレンゲの体を見て、忍術や幻術を使う中遠距離型だと思っていた。
だが、その予想は見事に外れた。
「ぼんやりしてると死ぬよ?」
レンゲの姿を急に見失い、再び背後を取られた。
さっきは寸止めだったが、今度は違う。
明確な殺害意志を持って、首を穿ちにきた。
ナルトは串刺しにされる直前、地面を転がって回避した。
―今の・・・声を掛けられてなきゃ、本気でやばかった・・・。
危うく風穴を開けられるところだった首を擦り、冷や汗を流す。
「さぁ、どんどん行くよ」
またもやレンゲの姿が消える。
「くっ!」
途端に襲い掛かってくる神速の連撃。
脳天、米神、喉、頚動脈、頚椎、脊髄。
全て背後からの攻撃。
ナルトが一つの攻撃をかわす度に、レンゲがその背後に現れ、急所を狙ってクナイを振り下ろすのだ。
―どういう事だ!? 移動の瞬間が全然見切れねぇ!!
しかも、動きに不可解な部分が多すぎる。
確かに動きに無駄がなくスピードもかなりのもので、先程の戦いで大蛇丸が見せた動きよりも数段速い。
だが、決して対処出来ない速さではない筈なのだ。
実際、クナイによる斬撃は見切れている。
問題は、レンゲの異常な移動術。
見た目は瞬身の術に似ているが、その他の部分が明らかに違う。
瞬身の術はチャクラによって肉体を活性化させ、驚異的な速度で移動する事で周囲にあたかも消えたかのように見せ掛ける術だが、レンゲのそれは文字通り消えるのだ。
姿も、匂いも、音も、気配も、チャクラも、何もかもが、背後に現れる直前まで感じなくなってしまうのである。
瞬身の術のように、移動直前に起きる筋肉の微妙な緊張さえもない。
棒立ちの状態から一切の予備動作を見せず、空間を飛び越したように突然襲い掛かってくる。
更にレンゲ自身の隠業術が相当なレベルに達しており、存在を察知するまでにタイムラグが生じる。
その為、攻撃の回避に移行するのに数瞬の遅れが出てしまうのだ。
―・・・流石だね。
小さな傷を幾つも受けながらも未だ致命傷を許さないナルトに、レンゲは内心で驚嘆の声を上げる。
しかし、攻撃の手を緩めようとはしない。
それどころか益々速さに磨きが掛かり、連撃が苛烈さを増した。
ナルトは袴に無数の血の染みを作りながら、ギリギリの所で回避していく。
並みの使い手であれば骨ごと持っていかれる神速の一撃を、薄皮一枚掠らせるだけに留めている。
「チィ!! (このままじゃ埒が空かねぇ!)」
このままではジリ貧である。
ナルトは一度退いて体勢を立て直す事にし、袖の中から取り出した煙玉を地面に叩き付けた。
そして、瞬身の術でその場を離脱した。
―さぁて、この辺でいいか。
森の中まで移動してきたナルトは、立ち止まって振り返った。
自分が通った道をそのまま辿り、凄まじい速度で接近してくるレンゲの気配。
―射程距離に入ったらカウンターぶち込んでやる。
遠距離用の術で森ごと消し飛ばすつもりなのか、恐ろしいチャクラを練り込んでいる。
―あと800・・・・・・700・・・・・・600・・・。
心の中で距離を計りながら、静かに時を待つ。
―よし!! 射程距離!!
残りの距離が500になった瞬間、ナルトは印を結び始めた。
―!?
だが、すぐにその手が止まってしまった。
何故なら、レンゲの気配が忽然と消えてしまったからだ。
「!!?」
急に目を見開いたナルトは、弾かれるように横に跳躍する。
すると数瞬前までナルトが立っていた地面に、真上から降ってきたレンゲがクナイを突き立てた。
「クソッ!! どうなってやがる!!」
四つん這いで地面を滑りながら体勢を整え、苛立たしげに舌打ちする。
捉えていた筈のレンゲの気配が消え、500メートルもの距離が一瞬でゼロになった。
となればやはり、瞬身の術ではない。
それこそ、空間そのものを捻じ曲げなければ不可能な芸当だ。
―・・・待てよ。 まさかこいつ!?
何か閃くものがあったナルトは、大きく目を見開いた。
だが次の瞬間、後頭部に叩き付けられる鈍い衝撃。
それは、レンゲの踵落としによるものだった。
「っ!! なろぉ!!」
ナルトは地面に接吻しそうになったが、ギリギリのところで踏み止まり目の前にあった軸足を掴んだ。
「痛ッ!!」
レンゲの表情が歪む。
青竹を握り潰せる程の握力に捕えられた足首は、ミシミシと嫌な音を立てて軋んでいる。
「!!」
不意にレンゲの体から重みが消えた。
更に視界が急速に流れだした。
レンゲの体は、腕一本で振り回されていた。
「ウラぁ!!」
ナルトは散々振り回して平衡感覚を奪った後、近くの大木の根元目掛けて放り投げた。
手を放されたレンゲは、弾丸のような速度で飛んでいく。
しかし衝突する手前になって、身動きの取れない筈の空中から姿を消した。
―やっぱりそうか。
ナルトはニヒルな笑みを浮かべ、裏拳を繰り出して自分の背後を薙ぎ払った。
「くぅ!!」
手応えあり。
右手にズシリと残る確かな感触があった。
「タネは割れたぜ・・・『姉ちゃん』?」
視線の先には、両腕を交差して辛うじて踏み止まっているレンゲの姿。
「まさか、【飛雷神の術】とはな・・・今まで半信半疑だったが、マジで親父の娘みてぇだな」
【飛雷神の術】。
ナルトの父である河矢久独自の忍術であり、口寄せ動物のように亜空間を行き来する事で神速の移動を可能とする術だ。
術の発動には目的地の座標を示す術式が必要不可欠だが、その条件さえ満たしてしまえば時と場所を問わず移動・・・否、転移する事が可能である。
ナルトがその存在を察知出来なかったのは、レンゲが別の空間を通って移動していたからだ。
だが、この術はSランクの超高等忍術であると同時に、その詳細が謎に包まれていて、河矢久の死後永久に失われた術の筈。
その為ナルトはおろか、あの自来也でさえも習得出来ていない。
もしこの術を扱える者が居るとすれば、河矢久に直接術を伝授された者だけだ。
すなわちそれは、レンゲが河矢久の娘であるという動かぬ証拠。
「道理でこいつに見覚えがあった筈だ」
ナルトは懐に仕舞っていたクナイを取り出し、柄の端にある穴に指を通して回転させる。
それは一次試験が始まる前に、レンゲに投げ付けられたものだ。
「ほら」
ナルトは懐かしむような顔でクナイの感触を確かめると、レンゲに投げ渡した。
独特の形状に見覚えがあったのは当たり前だった。
父である四代目が愛用していたクナイと、寸分違わぬ造りになっている。
このクナイの柄に巻かれた術式の符が、レンゲが亜空間移動を行う際の座標になっていたのだ。
幾度にも渡り背後を取れたのは、ナルトがこのクナイを懐に入れていたからである。
「それ、親父のだろ?」
「うん・・・父さんに貰ったのは、コレだけ・・・。
他のは全部、職人さんに頼んで、似せて作ってもらっただけだよ」
レンゲは静かに目を閉じ、割れ物を扱うような手付きでクナイを抱き締めた。
クナイは少々刃毀れが目立つ上に、術式の描かれた紙も日に焼けている。
だが、冷たい鉄の塊を抱き締めるレンゲの表情は、初めて見せる女の子然としたものだった。
「ったく。 んな大事な物なら、何で俺なんかにホイホイ投げたんだよ」
ナルトは気勢を殺がれ、明後日の方向に顔を向けてガリガリ頭を掻いた。
「・・・ナルトはさ・・・父さんの記憶ってある?」
「んだよ急に・・・」
「ねぇどっち? あるの、ないの?」
背中で手を組んだレンゲが、無造作に歩み寄って小さく首を傾げる。
ナルトは一瞬構え掛けたが、闘気や殺気といったものをまるで感じなかった為すぐに警戒を解いた。
「・・・・・・まぁ・・・ねぇけど」
「じゃあ、やっぱりこれはナルトが持ってて」
「お、おい・・・」
レンゲは河矢久のクナイを有無を言わせず握らせ、ナルトが戸惑っているのを見てクスクス笑った。
「ボクはさ。 ちゃんとあるんだ・・・父さんとの思い出」
太陽が沈みつつある空を見上げた瞳が、夕焼けの光で空と同じ色に染まる。
「時々しか会えなかったけど、一緒に遊んでくれたり、術を教えてくれたり・・・楽しい記憶を沢山遺してもらった」
『今日は隠業、つまり忍者としての基本を教えるからね? ・・・さぁ! では父さんについてきなさい!』
『はぁい!』
「それに、ちょっと手が掛かるけど、ちゃんと母さんも居る」
『このダボがぁ!! 娘を連れて女湯を覗きに行くとは何事だ!!』
『ち、違・・・!! これはあくまでも修行の一環で・・・!!』
『言い訳など聞く耳もたん!! 死ねぇぇえぇえええ!!』
「ナルトは、どう? 独りぼっちで、辛くなかった・・・? 里の人は優しくしてくれた・・・?」
「・・・・・・・・・」
レンゲの申し訳なさそうな表情に、ナルトは一瞬言葉を詰まらせた。
「あ〜・・・昔は兎も角、今の生活には十分満足してるよ。
それに親父は居なかったけど、親代わり・・・・・・みてぇなのは居たからな」
こういう大事な時に限って、だらしなく鼻の下を伸ばす自来也の顔が浮かんでくる。
まぁそれはそれで自来也の味なのだが、ナルト的にはもうちょっと真面目な顔で出てきてほしかった。
「・・・そっか。 ナルトがそう思ってるならいいんだ。
でも、それはお姉ちゃんからのプレゼントってことで、受け取ってほしいな」
そう言われては、返そうにも返せなくなってしまう。
「・・・・・・とりあえず、暫くの間借りとく」
ナルトは難しい表情になり、差出そうとしたクナイを懐に仕舞った。
「続き、どうしよっか? ・・・まだ闘る?」
ぶっきらぼうな台詞に苦笑を浮かべたレンゲは、ナルトの胸に拳の先を軽く当てる。
「この空気でんな事出来るわけねぇだろ。 勝負は次に持ち越しだ」
「それもそっか。 オカマさんも用件済ませたみたいだし、ボクの役目もとりあえずここまでだね」
大蛇丸のチャクラが、徐々にサスケ達から遠退き始めていた。
「「!!」」
だが、その大蛇丸に接近する新たなチャクラがあった。
「このチャクラ・・・」
「アンコじゃねぇか!!」
「二次試験の試験官やってる人だよね、確か」
唇の舌に指を当て暢気に構えているレンゲと違って、ナルトは焦りに焦っていた。
「・・・もしかして、オカマさんの正体バレちゃった?」
「んなこたぁどうでもいい!! クソ! こうしちゃいられねぇ!!」
既にかなりの量を消費しているというのに、嵐のようなチャクラが吹き荒れる。
「え!? ちょっと! 何処行くのさ!?」
「うるせぇ!! 嫁が危ねぇんだよ!!」
「よ、嫁・・・・・・って、結婚してるの!?」
「ええい!! 説明なら今度会った時にしてやるから、今は邪魔すんじゃねぇ!!」
ナルトは驚愕の表情を浮かべるレンゲを置いて、あっという間に去って行った。
「ま、まさかもう結婚してるなんて・・・・・・さ、流石は父さんの息子・・・。
・・・ひょっとして、子供とかいるのかな? ・・・私まだオバちゃんって呼ばれたくはないなぁ」
ナルトが爆発させていった地面の前で、誤解したレンゲがズレた感想を漏らしていた。
死の森に飛び込んだアンコが、凄まじいスピードで木々の合い間を縫って行く。
―もう夕刻だわ!! 早く見つけないと・・・!! 完全な暗闇になれば、こっちがますます不利になる・・・!!
日が傾くにつれて、焦りの色が濃くなり始めた。
―・・・しかし何故今頃になってアイツが・・・目的は何・・・!?
・・・ふん、まあいいわ。 この里に来たのなら、今日此処でケジメをつける!
立ち止まったアンコはきつく唇を噛み締め、前方の木を睨むように目を細める。
「久し振りね・・・アンコ」
木の幹に溶け込むように同化した大蛇丸が、愉快そうに目元を綻ばせた。
「無駄話をするつもりはないわ。 私はあんたとの因縁にケリを付けに来たんだからね」
言い終わると同時に跳躍したアンコは、袖に仕込んでいた小刀を取り出し投擲の体勢に入る。
「ふふ、無理よ・・・」
「!!」
だがカメレオンのように飛び出した大蛇丸の舌が手首に巻き付き、クナイを取り落してしまう。
「逃さない・・・!」
アンコは舌打ちしつつ手頃な枝に着地すると、両手で大蛇丸の舌を掴んだ。
【潜影蛇手!!】
袖から放った数匹の蛇に噛み付かせ、唾液で滑る舌をしっかりと捕え、1本背負いの要領で本体を木から引きずり出した。
ところが木から引き剥がされた大蛇丸は、引き寄せようとする力に逆らわず、自ら舌を縮めてアンコに突っ込んでいった。
「ぐっ!!」
アンコは両手と足の裏を前に出し、腹に当たる筈だった体当たりを防御する。
更に大蛇丸の手を掴み、体の位置を入れ替えてクナイで自分の手ごと大蛇丸の手を木に縫い付けた。
「へっ! 捕まえた」
痛みを堪えて笑みを浮かべるアンコだが、強がっているのは一目瞭然だった。
その証拠に呼吸が散々に乱れ、額に脂汗が浮かんでいる。
「大蛇丸!!」
だがアンコは、長年の呪縛を断ち切ろうと体に力を篭めた。
「あんたとも此処でお別れよ!!」
「!!」
叫び声と同時に放たれた掌底が、大蛇丸の左胸を捉える。
【波重ね!!】
これはナルトの【地走り】からヒントを得て、アンコが創り上げた術だ。
大地を踏み鳴らした衝撃を増幅し、強化した衝撃波そのものをぶつける【地走り】に対し、【波重ね】は打撃で生じた衝撃を増幅し、敵の体内に直接叩き込む事を極意とする。
更にチャクラで統制された衝撃波は外に漏れず、体内で反響を繰り返し肉体の隅々まで浸透する。
その為日向流の柔拳のように、内臓や血管にまでダメージが及ぶのである。
「ぐ・・・ぁ・・・」
大蛇丸は目や耳からどす黒い血を垂れ流し、ぐったりと四肢を投げ出した。
「へぇ・・・中々面白い技を使うようになったわね」
「!!」
しかし次の瞬間、後ろから声を掛けられた。
即座に反応したアンコが振り向くと、木の枝に腰掛けて酷薄な笑みを貼り付けている大蛇丸が居た。
「影分身よ」
大蛇丸の意志によって、影分身体が消え去る。
「それなりに成長してるみたいね。 ふふ、あんたを手放したのは早計だったかしら?」
右手を爛れた顔の皮膚を掴み、左手で印を結ぶ。
「ぐっ・・・い、今更・・・何しに来た・・・!!」
放たれた邪気に反応して疼き始めた呪印によって、アンコは首を押さえてその場に蹲った。
「久し振りの再開だと言うのに・・・えらく冷たいのね・・・アンコ」
偽りの顔が剥ぎ取られ、不自然なまでに白い肌が闇夜に浮かぶ。
「フン・・・ま、まさか・・・火影様を暗殺でもしに来たっての?」
「いや。 その為にはまだ部下が足りなくて・・・この里の優秀そうなのにツバ付けとこうと思ってね・・・」
「ぐっ・・・うっ・・・!!」
大蛇丸が練り込むチャクラの量を上げると、アンコに刻まれた呪印が色濃く浮き出てくる。
そして、それに比例して首筋の痛みが激しくなる。
「さっき、それと同じ呪印をプレゼントして来たところなのよ・・・欲しい子がいてね」
「くっ・・・勝手ね・・・・・・まず死ぬわよ・・・その子・・・」
呪印によって痛覚を直接刺激されたアンコの心身は徐々に蝕まれ、睨み上げる眼光も衰えが見え始めている。
「生き残るのは10に1つの確率だけど、お前と同じで死なない方かも知れない・・・」
「えらく・・・気に入ってるのね・・・その子・・・」
「嫉妬してるの? ねェ・・・!?
お前を使い捨てにした事・・・まだ根に持ってるんだ・・・アハ」
勝ち誇ったようにせせら笑う大蛇丸だったが、アンコはそれを鼻先で笑い、心底蔑んだ眼差しを返した。
「嫉妬・・・? 根に持つ・・・? フン、思い上がるのも大概にしときなさいよ」
気力を振り絞り、かつての師に決別の意志を突き付ける。
アンコが此処へ来た目的は、過去の呪縛を断ち切る為。
「私には、大切なものが出来た・・・。
自分の命よりも大切なものがね・・・!!
それに比べたら、あんたなんか道端の石ころと同じ・・・執着する値打ちも無いわ」
「そう言えば、身篭ってるって言ってたわね・・・」
下卑た笑みを浮かべた大蛇丸は、瞬身の術を使ってアンコの目の前に移動した。
「腹の中身を引きずり出してあげたら、あんたもあんたの男も・・・一体どんな顔を見せてくれるのかしらねぇ?」
練り上げるチャクラは黒味を帯びていて、チャクラというよりは瘴気に近いものだった。
大蛇丸はそれを掌に集中させ、アンコの腹に向けて放とうとした。
が、その瞬間。
「この変態野郎ォ!! 他人の嫁に何さらしとんねんッ!!」
いきなり靴の裏が視界に飛び込んできて、目の前が真っ黒に塗り潰された。
「おふっ!?」
首の筋肉がブチブチッ!とヤバげな音を立て、体が回転し始める。
「おごごごごッ!!」
大蛇丸は頭から地面に突っ込み、奇妙な悲鳴を上げながら吹っ飛んでいく。
途中で木に激突して動きはどうにか止める事が出来たが、地面には滑ってきた道筋を示すように深い溝が残っていた。
「いいかこの変態!! 耳の穴かっぽじってよぉく聞きやがれ!
こいつは俺んだ!! テメェみてぇな薄汚ぇ奴が気安く触んじゃねぇ!!」
逆さに突き刺さってピクピク痙攣している足に向って、九妖に変化したナルトがズビシィ!!と指差して宣言する。
と、それっきり一瞥もくれなくなり、蹲っていたアンコの体を抱き起こした。
「アンコ!! 怪我は!? 痛いとこは!?」
子供の入っている腹を擦りながら、この上なくオロオロしているナルト。
「あ、うん・・・なんとか大丈夫・・・」
「ホントに大丈夫か!? 変な事されなかったか!?」
変な事をしているのは自分である。
怪我を確認している筈なのに、手付きが妙にいやらしい。
「ちょ、や・・・ん!」
尻や太股を撫でられ、艶っぽい声を出すアンコ。
「ちょっとあんた達!!」
完全にシカトされた大蛇丸は流石に腹が立ち、地面から無理矢理首を引き抜いて復活した。
「あ、まだ居たんだ」
ナルトは心底どうでもよさそうに振り返る。
「・・・・・・その仮面・・・その井出達・・・。 以前、風の噂に聞いた事があるわ」
大蛇丸は額に極太の血管を浮かせ、怒りを堪えながら搾り出すように言った。
「霧隠れの鬼人を手玉に取り、あのガトーカンパニーを単身で壊滅させた暗部・・・。
まさか、こんな所でお目に掛かれるなんて思ってもみなかったわ・・・・・・。 しかも、アンコの男だなんてね」
「うるせぇ、こっちはお目に掛かりたくなかったんだよ。
しっしっ、あっち行け! お前の存在そのものが母子両方に有害だ!」
だが右手で乳を揉む片手間で、犬を追い払うように左手を振られた。
その態度は嫌悪感丸出しで、今にも唾を吐きそうなものだった。
「んんっ・・・もぉ・・・ダメって言ってるのにぃ・・・」
ちなみにアンコは、呪印の効力とは違うものでぐったりしていた。
「ふ・・・ふふふふふふふ・・・」
大蛇丸の肩が小刻み震え始める。
自分は伝説の三忍とよばれた実力者であり、周囲から向けられる視線は常に羨望と畏怖であった。
だがいきなり現れて飛び蹴りをくれたこの男は、まるで出し忘れた不燃ゴミを見るような眼差しを向けてくる。
未だかつて、これ程までの侮辱があっただろうか?
いや、ない。
そんなもの、あるわけがなかった。
大蛇丸は湧き上がる殺意に身を焦がし、顔に暗い影を落とした。
背中からは、殺意に満ちた邪悪なチャクラが立ち昇っている。
しかし、腐りきってはいるものの彼も三忍と呼ばれた忍者。
以前ナルトが九妖として義賊の真似事を行った波の国や、その周辺の国々から広まった噂は抜きに、自分に蹴りをくれる程の忍が、只者でない事は十分理解出来ている。
それに引き換え今の自分は、ナルトと戦ってチャクラの大半を消費している。
そんな状態で自身のプライドを優先し、戦いを挑むなど愚者のする事だ。
「もう乳出るようになったのか?」
「やっ・・・やだ・・・ちょ・・・!! 何考えてんのよ!?」
「何ってそりゃ・・・味見?」
「ば、馬鹿じゃないのあんた!?」
「分かってくれ。 俺もこんな事はしたくないんだが、これも生まれてくる子供の為なんだ」
「何シリアスな雰囲気出して大嘘こいてんのよ!!」
・・・が、ほったらかしにされたまま去るのはすげぇ悔しかった。
噛み締めた下唇から真っ赤な血が滴り、両目からも大量に血の涙が流れた。
「いいこと・・・この試験、くれぐれも中止にしないでね・・・。
もしこれ以上私を不愉快にさせたら、木ノ葉の里は終わりだと思いなさい」
既に聞こえているとは思えないが、捨て台詞を残して去ろうとする。
「それから・・・あなただけは絶対に許さない・・・。
いつか、私の手で必ず殺してあげる。 よぉく覚えてらっしゃい・・・!」
やっぱり返事はなく、涙の量だけを増やして地面に沈んでいく大蛇丸。
「あらあら、生きて帰れると思ってるんですか?」
「!!?」
しかしその時、突然聞こえてきた声に振り向いた。
「・・・よぉ・・・随分と久し振りだなぁ、大蛇丸さんよぉ・・・!」
「クスッ・・・ホントですねェ・・・・・・。 私達の顔、覚えてらっしゃいますか・・・」
すると頭上の木に、氷のような殺気を纏った2人の忍が立っていた。