NARUTO
〜九妖忍法帳〜 31話目




―波の国―

ガトーカンパニーの消滅によって、かつての・・・いや前にも増して活気を取り戻した波の国。

長年に渡って麻痺していた経済が立ち直るには、かなりの時間を要すると思われていた。

だが波の国の国民が一丸となり、周囲の予想を覆す勢いで瞬く間に復興を遂げたのである。

異常とも言える速度で国が立ち直った影には、狐面の男の尽力があったらしい。

何でもガトーカンパニーだけでなく、同系列の会社や傘下に収まっていた組織、果ては癒着のあった大名家に至るまで問答無用で叩き潰したとか・・・。

彼らが貯えていた金品は各国の政府が没収する前に、一つ残らず強奪されていて影も形も見当たらなかった。

だが狐面の男はそれだけでは飽き足らず、所有していた土地や物件まで尽く掠め取り、それらを売却した金の9割を貧困に喘いでいた国の人々にバラ巻いたのである。

ちなみに残りの一割に関しては、狐面の男が自らの軍資金としてちょろまかしていたりする。

まぁそれでも、ガトーカンパニーを始め黒組織の貯えていた資産だけあって、各々に振り分けられた額は相当なものだった。

お陰で生活水準も以前よりも遥かに高くなり、各地の人々は大喜びだったとか。

波の国も例に漏れずその施しを受け、国民に笑顔が戻ってきた。

道端で物乞いをしていた子供達は、急造とはいえきちんとした施設で育てられている。

職を求めていた大人達は、街の復興に汗を流す毎日。

商品が数える程しか並んでいなかった八百屋には、色取り取りの野菜が所狭しと並べられ、連日買い物客で賑わっていた。

・・・・・・余談であるが。

後に施しを受けた各地で、狐面の男の銅像やら石造やらが立てらるのは、本人の預かり知らぬところである。









―タズナの家―

青く澄んだ空に、燦々と輝く太陽。

寄せては返す小波の音。

ウミネコの鳴き声が聞こえる、緩やかな昼下がりだった。

多くの人々が神棚に祭りたい位感謝しているとも知らず、救国の英雄様は両手にビニール袋をぶら下げて、未亡人ツナミさんと共に買い物から帰ってきた。

タズナもカカシ達も皆出払っているので、出迎えはない。

タズナは橋の工事。

この前の戦いでどっかの忍者達が、完成間近だった橋に穴やら亀裂やらをこさえてくれた所為で、予定よりも仕上がりが遅れたのだ。

その為カカシも、ガトーカンパニーの残党からの護衛という名ばかりの名目の元、橋の修復作業を手伝いに行っている。

最も負傷の激しかったサスケは、ある程度傷は癒えたが全快には至っておらず、リハビリを兼ねて散歩に出掛けている。

で、サクラはサスケの付き添いとして、一緒に家を出ている。

最近ナルトにべったりのイナリは、遊び疲れて2階で眠っている。

2人は靴を脱いで台所へ向かうと、買い込んだ食材をテキパキと冷蔵庫に仕舞った。

「・・・ふ〜・・・・」

一段落付いたところで、ナルトは溜息を吐いた。

顔が何処となく疲れている・・・・・・というかやつれている。

「ごめんねナルト君。 ただでさえイナリが迷惑掛けてるっていうのに、私の買い物にまで付き合せちゃって・・・」

「ああ気にしなくていいよツナミさん」

申し訳なく思うツナミだが、ナルトがゲッソリしているのはイナリに連れ回されているからではなく、連日の寝不足によるものだった。

寝不足に陥った具体的な原因はカカシの寝言。

夜な夜な、


『クソッ! ガイのクセに! ガイのクセにぃ〜〜〜!!』 とか。

『ハァ・・・ハァ・・・雪さん・・・・・・うっ!』 とか言ってるのである。


迷惑な・・・というよりも頭の可哀想な男だ。

同室にされたナルトは堪ったものではない。

野郎の悩ましげな寝言に精神を削られ、近頃は夜を迎えるのが心底嫌になってきた。

まぁそれでも辛抱強く、


『ツナミさんと同室なら毎晩ウハウハだろうなぁ』

『心の隙間を埋めるついでに、体の隙間も埋めさせてくれねぇかな〜?』

『カカシブッ殺して夜這いに行こうかなぁ・・・』


とかカカシに引けを取らないアホな妄想を真剣に抱きつつ、自分を慰める空しい日々を送っている。

誤解の無いように追伸しておくが、自分は慰めても息子を慰めるような事はしていない。

・・・・・・とりあえず今のところは。

まぁそんな感じで色々と不満だらけだが、居候させてもらっている手前身勝手な口を叩くわけにもいかない。

日に日にやつれて行く自分を他所に、カカシは翌朝になるとケロッとしているので腹が立つ。

「こっちも変態上忍と礼儀知らずのクソガキが迷惑掛けてんだし、この位はやって当然だよ」

忌々しい担当のにやけた面を思い出し、ついつい言葉に毒が乗ってしまった。

ツナミは苦笑を浮かべながら、椅子に掛けてあったエプロンを身に着ける。

「じゃあ・・・せめてものお礼って事で、今夜はナルト君の食べたい物にしようね」

「マジっすか?」

良識のある女性の心遣いが嬉しくて、ナルトの目がキラキラと輝く。

母親の愛情を知らない所為か、包容力のある女性に惹かれ易いのだ。

「命懸けで助けてもらったんだから、それ位させてもらわないと・・・」

ツナミは何かを思い出したように、ひとり頬を紅くしていた。

イナリと自分の窮地に颯爽と現れたナルトは、引き締まった体を剥き出しにしていた。

天に向かって雄叫びを上げる山岳は、今でも脳裏に焼き付いている。

というかそれしか覚えていない。

―ああっ、あの膨らみがどうしても忘れられない・・・。
 ・・・だってナルト君ったらスゴイんだもの・・・・・・やっぱり若い子は一味違うのねぇ。
 でも、あんなおっきいの入るかしら? ・・・・・・ハッ! 私ったら何を考えているの!?
 ダメよ! しっかりしなさいツナミ!! あなたにはイナリが居るでしょ!?
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・でも、イナリはナルト君に良く懐いてるし・・・。
 あの子が、あんな笑顔を見せたのは何年振りかしら・・・・・・。
 それにお父さんや私・・・・・・この国の人達だって・・・・・・それもこれも全部ナルト君のお陰・・・。
 あの人が死んでからすっかり臆病になってしまったこの国を、たったあれだけの間に・・・・・・。
 ・・・・・・ナルト君なら・・・・・・イナリや私の前から居なくなったりしないかも・・・・・・。

徐々に思考が逸れ始め、妙に熱の入った眼差しでナルトを見詰めている。

―イナリとナルト君・・・・・・ああして並んでると本当の親子みたい・・・。

ツナミの妄想は更に続き、とうとうピークを迎え始めた。

頭に描き出された風景は夕焼けの砂浜。

沈み行く太陽を反射して、オレンジに染まる広大な海。

『ナルト兄ちゃ〜ん!』

満面の笑みを浮かべたイナリが、大きく手を振りながら浜辺を駆ける。

『ははは、どうしたイナリ?』

知り合いが見たら吐き気が襲ってくる程、無用で無意味に爽やかな顔のナルトが、小さな体を抱きかかえてクルクルと回る。

現実では到底有り得ない、不気味な光景である。

目一杯鉄柱に頭をぶつけでもしない限り、まずこんな顔はしないだろう。

まぁそれはこの際無視するとして、昔の青春ドラマに出てきそうな好青年を演じるナルト。

『兄ちゃん、ボク弟が欲しい!』

性知識に乏しい子供によくありがちな、突拍子もない発言である。

だがイナリの屈託の無い笑みに、『ふっ』 とツッコミたくなるようなアダルティな笑顔で応じている。

『ん〜、じゃあ母さんに相談しといてやるよ』

イナリの頭を撫でると、件の顔でツナミに振り返る。

そして、なんとも馴れ馴れしく肩を抱き、自分の懐に引き寄せた。

『ふふっ・・・奥さん・・・今夜はたっぷりと可愛がってやるよ』

『や・・・だ、だめです・・・!』

耳元で妖しく囁かれ、弱々しい抵抗を見せるツナミ。

『昔の旦那なんて忘れちまいな!』

『いやぁあん!!!』

・・・・・・何ともベタな展開だ。

昼メロの見すぎである。

―・・・・・・・・・・・・って! 私は一体何を―――――――――――ッ!!!?

どうにか我に返ったツナミは、声にならない声を上げて絶叫した。

とりあえず声には漏らさなかったものの、突如発狂したように髪の毛を掻き毟り、ゼーゼーと荒い息を吐いている。

横で見ていたナルトは何事かと思い、両眉を寄せて眉間に皺を作っていた。

―落ち着け! 落ち着くのよ私!! 第一私とナルト君じゃ歳が離れすぎてるじゃないの!!
 それにナルト君だって・・・私なんかより・・・若い子の方が良いに決まってるじゃない・・・・・・。

「ツナミさん、気分でも悪いの?」

「へ!?」

現実を直視してしまいしょんぼりと顔を伏せたツナミが、肩を揺すられて正気に戻った。

「な、なんでもないの!!」

「? そう? それならいいけど・・・」

ジ〜っと蒼い瞳で見詰められ、心臓が早鐘のようにときめいている・・・・・・年甲斐も無く。

ツナミは一秒でも早く、ナルトの視線から逃れたかった。

よそよそしく顔を背け、慌しく言葉を発する。

「そそ、それよりも今夜のリクエストは!?」

「ん〜・・・・・・ウナギがいいかなぁ・・・」

蒲焼の香ばしい風味を想像し、口を開けてふにゃっと笑うナルト。

―ウ、ウナギ!? ・・・・・・精を着けてどうするつもりなの!?
 ままま、まさか私を・・・!? 遠回しに『俺の夕食は君さ』 って言ってるの!?

そんな意味合いは欠片も篭っていない。

深読みし過ぎである。

ツナミは妙な思い違いで更に赤くなり、忙しく首を振った。

「ダダ、ダメ! 絶対にダメよそんなの!!」

「・・・ツナミさん?」

摩訶不思議な反応に、思わず顔が強張るナルト。

たががウナギでこれ程反発されれば、対応に迷うのも仕方がないと言える。

困り果てたナルトは首を捻りながら唸った。

「・・・・・・・・・じゃあ刺身でお願いします」

―・・・刺身・・・・・・・・・・・・皿になれって事なのぉ―――――ッ!!?

一箇所に地を集めすぎたツナミの頭から、真っ白い湯気が立ち昇る。

立ち眩みで足元がふらついている。

しかしすっかり妄想に埋没してしまって、体が斜めに傾いているのも自覚していない。

「!?」

ヤバイと思ったナルトが咄嗟に動く。

「へ?」

ツナミは目を瞬かせた。

目の前にナルトの顔がある。

肩と腰に腕が回っている。

「さっきから変だけど・・・本当に大丈夫?」

「ッ!?」

腰に添えられていた手が、前髪を掻き分けて額に触れる。

すると次の瞬間、風船が弾けたようなすんごくいい音が響いた。

「!!? ?? !?」

ナルトの首が別の方向に弾け、ツナミは両手で顔を押さえながら脱兎の如く逃げ出した。

台所には、出来立てホヤホヤの紅葉を押さえながら、呆然と立ち尽くすナルトだけが残されていた。









―夜―

床に就いた俺は頭の後ろで手を組んで、ボンヤリと天井の豆電球を眺めている。

俺達7班が木ノ葉を旅立ってから、今日で丁度一月。

今日は波の国での最後の夜だ。

白にボロ雑巾にされたうちはが漸く全快し、明日の朝波の国を去る事になったのだ。

ちなみに決定を下したのはカカシ。

現在部屋の隅に転がっている。

「そんな目で見ないでぇ! そんなに見られたら大きくなっちゃう!」

何の夢を見ているのか知らんが、この戯けた寝言に付き合わされるのも今日が最後だ。

慣れたくもないのに慣れてしまった自分が、どうしようもなく悲しい。

それにしても何故俺がコイツと同室なんだろうか?

まぁ『ツナミさんと同室が良い』 と主張した際、タズナのオッサンが凄ぇ剣幕でごねたのが原因だが。

何が悪いってんだよ全く。

春野が『サスケ君は私と同じ部屋で寝るのよ!』 って言った時は誰も文句言わなかったのに・・・。

不満は残るが、過ぎた事をアレコレ考えても意味が無い。

いつもなら黒々とした殺意を抱かせるカカシの寝言も、今は昼間の事が気掛かりでどうでも良く感じる。

―・・・まだちょっと腫れてるみたいだな。

左の頬を撫でてみる。

痛みはとっくに引いているのだが、派手な手形は未だ健在だろう。

今日は月に一度の停滞期だ。

別にイライラするとかお腹が痛くなるとか、そうゆーセクシャルな現象が起きているのではない。

誤解をしないでくれ。

ゴホン! 話を元に戻そう。

今の俺は妖魔のチャクラが休止状態に陥っている為、あの異常な治癒力が無くなっているのだ。

しかも今夜は新月。

これは玉藻に聞いたのだが、月の満ち欠けと人外の力は密接な関係にあるらしい。

妖魔に属する者は、満月の時に力が増し、新月の時は力が衰える。

ついでに、神霊に属する者は逆だそうだ。

俺みたいな中途半端な存在は分類が難しいそうだが、新月でパワーダウンするのでおそらく妖魔寄りなのだろう。

今日は停滞期と新月が重なって体が鉛の様に重たい。

まぁそんな理由で普通の人間と変わらないんだから、痣が残ってるのも不思議ではないだろう。

ツナミさんの平手打ちも結構な威力だったし。

うん、あれはマジで痛かった。

叩かれた瞬間涙が出そうになった。

しかし・・・何で叩かれたんだろ俺?

単にツナミさんの虫の居所が悪かったのか?

でも八つ当たりするような人じゃないしなぁ・・・。

もしかして嫌われたのか?

心当たりはないが、そうだったらやだな。

気付かない内に怒らせるようなマネをしてたんだろうか?

ここ数日の自分の言動を振り返ってみよう。

う〜ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱ身に覚えがない。

だがあの後ツナミさんは口を利いてくれなかった。

食事時にこっちの様子をチラチラ窺っていたが、俺が顔を向けるとすぐに目を背けていた。

わだかまりを残したままでさよならするってのは気分が悪いな。

よし。 何が原因なのか直接聞いてみよう。

俺はすぐに部屋を後にして、1階にあるツナミさんの部屋を目指す。

明かりは点けていないが、夜目は利く方なので特に問題ない。

薄暗い廊下を抜けて階段を下りる。

寝ている連中を起こさないように注意を払い、ツナミさんの部屋の前まで来た。

―流石にこんな時間まで起きてないよなぁ。

そ〜っとドアを開け、中の様子を窺ってみる。

「!!?」

そこで俺は、信じ難い光景を目にしてまった。

すすり泣くツナミさんが、切な気に俺の名前を連呼している。

布団が忙しく蠢いているという事は・・・・・・・・・その・・・まぁ・・・うん・・・・・・イタしているのだろう。

申し訳ないが、これ以上詳しい説明は出来ん。

自分自身一杯一杯なのだ。

俺は神経の焼き切れる音を聞きながら、その場から全力で離脱を図った。









―屋外―

裸足で家を飛び出した俺は、水上を走っている。

ヤバイ! ヤバイ! ヤバ過ぎる!

心臓がバクバクする。

脳みそが沸騰する。

理性がショートする。

そして息子が破裂する。

寝静まった湖畔に獣じみた奇声が木霊している。

無論声の主は俺だ。

あんなものを見せられて正気で居られる理由がない。

だって! あの・・・あのツナミさんが俺をオカズに○○○ーしてたんだもん!

やっぱ旦那が死んでからご無沙汰してたんだなぁ・・・。

言ってくれれば何時でも慰めて上げたのに・・・・・・・・・って違うだろ!

―冷静に、冷静になれ!

そう心に言い聞かせ、一旦急ブレーキを掛けて止まる。

長い助走で勢いが乗っていた為、前方に大量の水飛沫・・・いや津波が生じる。

夢中で走っていたので、大分沖まで来てしまった。

「フー・・・フー・・・」

遥か彼方の水平線を眺めながら、乱れた呼吸を整える。

深呼吸を繰り返し頭を冷す。

深呼吸を繰り返し、動揺した精神を静める。

そして玉藻やアンコの私刑をイメージして、暴走する息子を戒める。

・・・・・・・・・・・・よし、どうにか落ち着いた。

冷静になった俺は、改めてここ数日の事を思い出してみる。

先程のアレを踏まえて推測すれば、不可解だったツナミさんの言動も辻褄が合ってくる。

えーっと、ツナミさんの様子がおかしくなり始めたのは、多分再不斬・白の2人と再戦した日からだな。

あん時は確か・・・・・・寝てるとこにイキナリ包丁が降ってきた。

で、それが額に刺さった痛みで目が覚めて、あんまりムカついたんでパンツ一丁で飛び出したんだよな。

家の壁吹っ飛ばして外に出たら、ガトーの手下達がツナミさんを緊縛してたから半殺しにした・・・と。

今思えば・・・ツナミさんが朝勃ちした息子を凝視してたような・・・・・・。

うん気のせいじゃない。

そうだ、やっぱアレからだ。

・・・・・・よかった、どうやら嫌われたわけじゃないみたいだな。

ツナミさんも長い事独身で通してきたんだから、仕方ないと言えば仕方ないよなぁ。

まだ十分若いんだし、体が疼く時もあるわな・・・・・・。

『くっくっく・・・ダディも好きだねぇ・・・』

やべっ・・・どうしよう・・・・・・・・・起きちゃいけない奴が起きやがったよ・・・。

『今度は人妻? しかも未亡人? わ〜いわ〜い、久し振りのご馳走だね!』

―クォラァ! 人聞きの悪い事を言うんじゃねぇ!
 誰もやましい事なんか考えてねぇよ!

てか、お前が登場しちゃ色々マズイだろうが!!

『堅い事言うなよダディ・・・別に問題ないっしょ、ボクちゃんダディの一部なワケだし?』

―・・・・・・・・・た、確かにそうだ。

って納得してどうする!

『まぁまぁ、そんなに興奮しないでよ』

ぐぅ・・・忌々しい奴めぇ・・・!

―明日は早いんだからさっさと寝るぞ!

『え〜? 今から頑張るんじゃないのぉ?』

駄々をこねる息子。

『未亡人の夜泣きする肢体を、隅から隅まで慰めてあげるんでしょ?』

―ざけんな! んな心の弱みに付け込むようなマネが出来るか!

息子の魅力的な要求をなんとか跳ね除ける。

少し理性がぐら付いたのが我ながら情けなかった。

『もっと欲望に素直になろうよ』

―うっ! だ、だが・・・。

『これは人助けだよ?』

―ひ、人助け?

『そうだよ。 あのお姉さんも1人じゃ寂しいでしょ?』

この辺りで理性と欲望を乗せた天秤が、欲望側にググッと傾き始める。

すると息子が発する邪まなオーラが濃度を増す。

『あんな美人を他の男がほっとく筈ないじゃん。 どうせその内誰かに食べられちゃうんだよ?
 その辺のボンクラ共に食べさせる位なら、ダディが食べちゃった方がいいに決まってるっしょ?』

俺は既に反論するだけの気力がなくなっている。

『ホラホラ、どうするの? あのお姉さんのご指名はダディなんだよ?』

天秤の皿から理性が吹っ飛んだ。

俺は再び奇声を上げ、水面を爆発させる。

帰りのスピードは、行きよりも数段速かった。









―翌日―

タズナの長年の願いが叶い、建設中だった橋が漸く完成を迎えた。

小さな島国と大陸を結ぶ長大な架け橋は、虐げられてきた波の国に必ずや発展をもたらしてくれるだろう。

そんな思いが込められた橋を最初に渡るのは、今日で波の国に別れを告げる木ノ葉の忍達だった。

橋の袂には、見送りに来た人々の姿が見て取れる。

タズナ、イナリ、ツナミ、更にタズナの友人であるギイチが、人垣の最前列に陣取っていた。

「お陰で橋は無事完成したが・・・超寂しくなるのォ・・・」

「お世話になりました」

「まぁまぁ! タズナのオッサン」

タズナの言葉に顔を綻ばせるカカシとナルト。

橋の完成を遅らせておきながら詫びの一言もないとは、全く以って図々しい連中である。

だが、そんな奴らだろうがなんだろうが、波の国の人々にとっては英雄だった。

特にナルトの人気は凄まじく、僅かな時間を共有しただけで、周囲の人々から信頼を寄せられる存在となっていた。

タズナ一家の後ろに控える大勢の人間は、その殆どがナルトの見送りであると言っても過言ではない。

その証拠にそれぞれが何かしらの手土産を持参しており、

「オレ達の事も忘れないでくれよ!!」

「今朝獲れた魚だ、持って行っとくれ!」

「べ、別にそんな気ぃ遣わなくてもいいから・・・」

「なに言ってんだ! 受け取って貰わなきゃこっちの気が済まないんだよ!」

「そうだそうだ! おめぇには感謝してもし足りねーんだ!」

遠慮しているのにかなり強引に受け取らせている。

結局全員から餞別を受け取らざるを得なくなり、10体以上の影分身が山のような荷物を背負う破目になった。

「ネェネェ・・・・・・なんでナルトだけ私達と扱いが違う理由?」

「いや、そこはオレも気になってんだけどね・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

それは日頃の行いというものではないでしょうか?

カカシ達は土産なしだった。

唯一ツナミから手渡された弁当があるのだが、3人のは何の変哲もない握り飯が三つ。

ナルトのは、前日から仕込まれたオカズがこれでもかと言わんばかりに盛り込まれた、まさに愛妻弁当と呼ぶに相応しい一品。

傍目から見ても一発で分かる位、あからさまな差が付いていた。

おそらくは注がれる愛情の差だろう。

別れの挨拶を交わすナルトを眺めるカカシ達の背後に、身を切るような冷たい風が吹いていた。

「また、その内遊びに来るからな!」

「ぜったい・・・・・・か・・・」

別れを惜しむイナリが、小さく震えていた。

見開いた両目は潤んでいて、今にも泣き出しそうだった。

一つ屋根の下で暮らしていたタズナ一家とは、既に家族も同然である。

・・・・・・・・・違う意味でも。

「ふふん。 なんだイナリ〜・・・また泣くのかぁ?」

ナルトは意地の悪い笑みで、からかうように言った。

基本的に人間が軽い為、しんみりした別れは苦手なのだ。

「泣くもんかァ!! ナルトの兄ちゃんこそ泣いたっていいぞ!!」

「そっか・・・じゃあ元気でな」

「あ!」

ナルトが背を向けた途端、イナリは耐え切れなくなって泣き出した。

せめて声だけは上げないように、口元をへの字に結んでいる。

ついでに、見送りの方々はイナリよりも先に号泣していた。

ドバドバと涙を流す孫の頭を撫でながら苦笑するタズナは、遠ざかって行く忍者達の背中を見守りながら、胸の中で何度も感謝の言葉を繰り返した。

やがてナルト達の姿が見えなくなると、それまで沈黙を守っていたツナミが、何かを決意したように顔を上げる。

そして、脇目も振らず駆け出して行った。

目指す先は決まっていた。

「!」

最後尾を歩いていたナルトが、自分を追って来る気配に気付き、驚いた顔でツナミを受け止める。

「なっ!!」

「ええっ!?」

「!!?」

カカシ、サクラ、サスケは、予想もしなかった展開に我が目を疑った。

彼らは昨夜の出来事を知らない。

それはツナミとナルトだけの秘密である。

ツナミは周囲の反応など気にも留めず、ナルトの胸に顔を埋めて子供のように泣きじゃくる。

「・・・ナルト君・・・ナルト君・・・!!」

「・・・・・・ツナミさん」

しゃがれた声で自分の名を繰り返すツナミを、愛おしげに抱き締めるナルト。

―なんなのよこれ!? 何時の間にそうゆー事になってたのォ―――!?

―アイツのあの表情はなんだ!? ・・・そうか夢だ! これは夢だ!! 頼むから誰か夢だと言ってくれ!!!

サクラは口を開き過ぎた為に顎の関節が外れ、サスケは夢から覚めたい一心で橋の手摺に向かって頭突きをかましていた。

2人とも思考回路がエラーを起こし、人格が崩壊しかけているようだ。

「お、おいナル・・・!!?」

かなりのダメージを受けたがギリギリ無事だったカカシは、ナルトに声を掛けようとしたが、

《邪魔をすれば殺す》

と言わんばかりに背後で牙を剥く妖狐の幻影に脅え、両手で慌ただしく口元を覆い出掛かった言葉を飲み込んだ。

「ツナミさん泣かないでくれよ・・・・・・」

ナルトは上司とマンセル仲間の存在など忘れ、ツナミ唯一人に意識を向けている。

「うぅ・・・ごめんね・・・・・・頭じゃ・・・分かってるのに・・・」

「ホラ、これじゃキレイな顔が台無しだ」

歯の浮くようなセリフがペラペラと飛び出す。

―アンタ誰よ―――――ッ!!?

里に居る時とはまるで別人である。

サクラは13年の人生で最も激しい悪寒に苛まれ、サスケはしこたま頭部を強打し続けた結果手摺の根元でぐったりと横たわっている。

先程生命の危機に直面したカカシは、なるべく視線を合わせないよう我関せずを貫いている。

したがって無粋な横槍は入らなかった。

「会いたくなったら手紙出してよ・・・・・・そしたら何時でも会いに行くから」

「・・・約束・・・してくれる・・・?」

おずおずと、ツナミがナルトの胸から顔を放す。

するとナルトは、ツナミの顎を指で持ち上げた。

「ぅ・・・ん」

「!!!?」

―ぎゃぁああああああぁぁあぁあああッッ!!!?

その時、カカシとサクラが何を見たかは、推して知るべし。









飛び出して行ったツナミが、タズナとイナリの元へ戻ってきた。

「別れは済んだのか?」

「ええ・・・『行ってらっしゃい』 って、伝えてきたわ」

ツナミはタズナの問いに短く答える。

数分前にあった憂いを含んだ表情は、今は影も形も残していない。

「あの少年がイナリの心を変え・・・イナリが町民の心を変えた・・・。
 あの少年は『勇気』という名の『希望』への架け橋を、わしらにくれたんじゃ!」

『ついでにツナミの心も変えたみたいだの・・・』と忌々し気に付け加え、タズナは誰に聞かせるでもなく空に向かって言葉を紡いだ。

「架け橋か・・・橋っていやぁ、この橋にも名前を付けんとな」

「そうか・・・なら一つ、この橋に超ピッタリの名前があるんじゃが」

「おお! どんなだ?」

「『ナルト大橋』 ってのは・・・どうだ?」

「フフ・・・良い名ね」

ツナミとイナリが顔を綻ばせる。

「なんだぁ・・・いいのか? そんな名前で・・・ッッ!?」

迂闊な事を口にしてしまい、恐ろしい眼付き睨まれるギイチ。

「フフ・・・この名はな・・・この橋が、決して崩れる事のない・・・。
 そしていつか、勇名だろうが悪名だろうが、世界中にその名が響き渡る超有名な橋になるよう・・・・・・そう願いを込めてな・・・」

だがそれに気付いた様子もなくタズナは語った。

「・・・この子の名前も考えとかないとね・・・」

ツナミは誰にも悟られないように呟くと、金色の少年を思い描きながら・・・・・・自分のお腹を撫でていた。

これより10ヶ月後、波の国に新しい命が生まれる。

タズナはショックで数日の間放心状態になったらしいが、二児の母となったツナミ、弟が出来たイナリは、母子揃って大喜びだったらしい。

ちなみに生まれてきた赤ん坊は、眩い程の金の髪をしていたそうな。

そしてその金髪の赤ん坊は後に数々の偉業を成し遂げ、波の国の英雄として後世に語り継がれる事になった。

そう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・勇気と希望の象徴である架け橋、『ナルト大橋』 と共に。

めでたしめでたし?









【タズナ】

自他共に認める橋作りの超名人。

ガトーの横暴に苦しむ波の国を救う為、内容を偽って木ノ葉に任務を依頼した。

だが派遣されてきた忍に大分問題があった。

結局、色ボケ忍者によって散々振り回された挙句、2人目の孫が出来るという何ともややこしい事態になってしまった。

色々と言いたい事があるのだが、ツナミとイナリが喜んでいるので何も突っ込めないでいる。

さらに養育費として毎月が仕送りが届くので、ナルトにも文句を言えずにいる。



【ツナミ】29歳

タズナの一人娘で、二度の結婚経験を持つ未亡人。

息子のイナリは、最初の旦那との子共。

倒れたカカシの看病をしたり、色々と世話好きな奥様である。

一見慎ましい女性に見えるが、内に秘めた母親の強さは中々侮れない。

ナルトの御本尊を拝んだ事で、大切なネジが飛んでしまった。

現在2人目を妊娠中であるが、お腹の子の父親が誰であるかは謎である。

周囲に何か聞かれても、コウノトリが運んできたの一点張りだとか。



【イナリ】10歳

ツナミの一人息子。

英雄に失望し無気力になっていたが、ナルトによって再び勇気を取り戻す事が出来た。

弟が生まれると知って大喜びしている。

しかし、何故弟が出来たのかはよく分かっていない。

生まれてくる弟を守れるように、目下修行に励んでいるらしい。







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