NARUTO
〜九妖忍法帳〜 22話目




―森―

「木登り〜〜〜!!?」

木々の生い茂った森に木霊するサクラの声。

「そうだ」

松葉杖をついたカカシはコクリと頷く。

「そんな事やって修行になんの?」

日頃から胡散臭いと思っている担当に、『そんな事の為に、わざわざこんな場所に連れて来たのかこの馬鹿?』って視線を力一杯ぶつけるサクラ。

サスケも同意見なのか白けた顔で見ている。

―・・・人妻・・・しかも子持ち・・・。

ついでだが、会話の内容が右から左へ抜けている者が約一名居たりもした。

「まぁ話は最後まで聞け・・・ただの木登りじゃない! 手を使わないで登る」

「? どうやって・・・・・・?」

「!」

「・・・・・・・・・はぁ〜・・・」

『手を使わない』 と言われ困惑するサクラ、驚くサスケ、どうでもよさそうに溜息を吐くナルト。

「ま! 見てろ」

カカシはそんな部下たちのリアクションに構う事無く、松葉杖を両脇に抱え印を結び、目の前にあった木に向かって歩き出した。

「! 登ってる・・・・・・足だけで、垂直に・・・」

そして先程の言に違う事無く、重力に逆らいながら木の幹を歩いて行くではないか。

「・・・・・・・・・」

この不可解な現象には、あのサスケですら驚きを隠せなかった。

「・・・と、まぁこんな感じだ。
 チャクラを足の裏に集めて木の幹に吸着させる。 チャクラは上手く使えばこんな事も出来る」

頂上付近まで登ったカカシは地面と水平に伸びた大枝で止まり、まるでコウモリの様にぶら下がって満面の笑みを見せた。

「ちょっと待って! 木登りを覚えて何で強くなれるのよ!」

しかし、サクラは頭上に向かって大声を張り上げた。

手を使わずに木を登ったのは確かに凄い。

けれどそれが強くなる事とどう関係しているのか分からなかった。

「まぁ聞け、ここからが本題だ。 この修行の目的は・・・。

まず第1にチャクラのコントロールを身に付ける事。

練り上げたチャクラを必要な分だけ必要な箇所に・・・。

これが術を使うに当たって最も肝心な事であるのは知ってると思うが、案外これが熟練の忍者でも難しい。

この『木登り』において、練り上げなくてはならないチャクラの量は極めて微妙・・・。

更に、足の裏はチャクラを集めるのに最も困難な部位とされている

ま! つまりは・・・この『調節』を極めれば、どんな術だって体得可能になる訳だ・・・・・・理論上はな!

で・・・第2の目的は、足の裏に集めたチャクラを維持する『持続力』を身に付けることだ・・・。

様々な術に応じてバランス良く『調節』されたチャクラを、そのまま維持する事はもっと難しい。

その上忍者がチャクラを練るのは、絶えず動き続けなくてはならない戦闘中がほとんどだ。

そういう状況下、チャクラの『調節』と『持続』は更に困難を極める。

だからこそ、木に登りながらチャクラのノウハウを修得する修行をするって訳!」

理路整然としたカカシらしからぬ言葉。

説明が終わった頃には既に、喚いていたサクラは大人しくなっていた。

「・・・まぁ、オレがごちゃごちゃ言ったところでどーこーなる訳でもなし・・・体で直接覚えてもらうしかないんだけど」

「「!」」

頭上から降ってきたクナイが、3人の足元に突き刺さる。

「今、自分の力で登りきれる高さの所に、目印としてそのクナイでキズを打て。
 そして、その次はその印より更に上に印を刻むように心掛ける。
 お前らは初めから歩いて登る程上手くはいかないから、走って勢いに乗り段々と慣らしていく・・・・・・いいな!」

「「・・・・・・・・・」」

その言葉を聞くとほぼ同時。

クナイを引き抜いたサスケとサクラは、カカシを真似てさっそく印を結んだ。

一度目を閉じて意識を集中させた2人は、両目を見開くと同時に走り出した。

勢い良く地面を駆け抜け、木にの幹に足を踏み込んだサスケ。

「ぐっ」

しかし、十分な助走を付けたにも拘らず、足に集中させたチャクラが強すぎた。

数歩目を踏み出したところで、木の表面を砕いてしまう。

「うわっ・・・」

そして自らのチャクラに弾かれバランスを崩す。

それでも、弾かれる瞬間に印を刻み空中で体勢を整えたのは流石と言える。

―・・・一定のチャクラを維持するのがここまで難しいとは・・・。
 チャクラが強すぎれば弾かれ・・・逆に弱すぎれば吸着力は生まれない。

だが結果に納得がいかず、膝を突いて踏み抜いた箇所を見つめ歯噛みした。

んで、一方のサクラはと言うと・・・・・・。

「案外カンタンね!」

カカシとほとんど変わらない高さの枝に腰掛け、サスケとナルトを見下ろしていた。

「初めてでここまでやるなんて、凄いなサクラー♪」

担当は誉めてくれるが、下の方から微かに舌打ちが聞こえ、『失敗すれば良かった・・・』 と内心後悔する。

「まぁ、サスケとサクラの実力はこれで良いとして・・・・・・後はお前だけだぞ? 早くやってみろ」

カカシはガックリと項垂れるサクラを尻目に、最初の位置から一歩も動いていないナルトに声を掛けた。

「・・・ん〜」

すると、メチャメチャやる気無さそうに顔を上げ、ダラダラとした足取りで歩き出した。









―翌日―

今日は良く晴れた日だ。

タズナのおっさんとその仲間達が橋造りに精を出している。

「っあぁ〜〜〜っ・・・」

むぅ・・・・・・いかん。 あまりに暇すぎて寝るとこだった。

「1人で暇そうだな・・・あの嬢ちゃんと、スカした小僧はどうした?」

俺の顔には暇と書いてあったらしく、資材を担いだおっさんが話し掛けて来た。

「さぁ? 森でいちゃついてんじゃねぇの?」

「・・・・・・あの2人・・・そういう仲なのか?」

そこで聞き返されても困る。

自分で言っといて何だが、冗談なんだから真に受けないでもらいたい。

「うちはと春野なら修行中だよ」

一応はね・・・・・・けど、アレを修行って言ってたら、シカマル達がやってんのは何なんだろう?

「お前は良いのか?」

「俺優秀だしな。 先生がおっさんの護衛やれってさ」

「ホントか・・・・・・?」

さも不思議そうに首を傾げるおっさん。 

「・・・どういう意味だ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もしかして喧嘩を売ってるんだろうか?

ちなみにカカシから護衛を頼まれたのは紛れも無い事実である。

当初は春野が護衛に就く筈だったんだが、あの小娘が『サスケ君と一緒に修行がしたい』とかほざいたお陰で、俺にお鉢が回ってきやがった。

本当なら今日は街でナンパする予定だったのに、『お前に任せとけば安心だ』とカカシがえらい剣幕で詰め寄って来て、引き受けざるを得ない状況になってしまった。

上忍が下忍を頼ってどうすんだよ。

・・・・・・昨日の木登りを初回で成功させたのが拙かったんだろうか?

8班とか10班はもう終わってんだけどなぁ。

「ちょっといいか・・・・・・・・・タズナ」

考え事をしていると、おっさんの仲間がやって来た。

「ん・・・どうしたギイチ?」

おっさんは汗を拭いながら振り返った。

相手は何やら深刻な顔をしている・・・まぁあの顔を見れば大体の察しは付くが・・・。

「色々考えてみたんだが・・・橋作り・・・。 オレ、降ろさせてもらって良いか・・・・・・・・・」

「な・・・何でじゃ!? そんな急に・・・お前まで!!」

おっさんの声が震えている。

予想出来なかった筈は無い・・・・・・ただ・・・したくなかったのだろう。

「タズナ!
 あんたとは昔ながらの縁だ、協力はしたいが無茶をするとオレ達までガトーに目を付けられちまう!
 それにお前が殺されちまったら元も子もねェ! ・・・・・・ここらでやめにしねーか・・・・・・橋作りも・・・」

要するに我が身可愛さに逃げるだけだろ?

まぁギイチっておっさんにも守りたい家族が居るんだろうが、今のまんまじゃどの道死んじまうのにな。

「そーはいかねーよ・・・・・・この橋はワシらの橋じゃ。
 資源の少ない、この超貧しい波の国に、物流と交通をもたらしてくれると信じて・・・町の皆で作ってきた橋じゃ」

「けど命まで奪られたら・・・」

そんなに命が惜しいかね?

俺に言わせりゃ、あんた等死んでないってだけで生きてねぇじゃん。

自分だけならまだしも・・・・いや、その時点でもう人として終わってんだけど、その上身内にまでそんな思いさせて・・・・・・。

「もう昼じゃな・・・今日はこれまでにしよう」

ま、俺がとやかく言うこっちゃねぇんだがな。

「ギイチ・・・明日からはもう来なくて良い」

タズナのおっさんはギイチのおっさんに背中を向け、一言だけ・・・・・・静かに呟いた。









―繁華街―

俺は今、工事を切り上げたおっさんと雑踏の中を歩いている。

―・・・・・・うざってぇ。

それ以外に例え様が無い。

それ程に目の前に広がる有様は酷かった。

活気の無い街、生気の感じられない人々。

道端には男女問わずガキ共が蹲り、仕事を求める大人達が行く当ても無くさ迷っている。

「待て―――ドロボー!!」

「帰りに昼飯の材料を頼まれとったからの」

・・・・・・何気に聞き捨てならないセリフが聞こえたのだが・・・おっさんは気に留めた様子も無い。

「おお、ここじゃ」

暫くして、店らしき建物の前でおっさんの足が止まった。

そしてその隅には、やはり膝を抱えたガキ共の姿が見られた。

「いらしゃい」

この場にテウチのおっちゃんが居たら間違いなくぶち切れていたであろう、客商売に相応しくない覇気の無い声に迎えられ、店の敷居を跨ぐ。

―店って言うのか・・・これ?

ガラ―ンとした店内。 棚に点々と置かれた商品。

―これがこの国じゃ普通なのか?

思わず眉間を押さえてしまう。

そんな時、隣にいた中年の男が俺の財布に手を伸ばそうとしていた。

「ヒギィッ!!!」

「男にケツ撫でられて喜ぶ趣味はねぇんだがな?」

とりあえずその男には、愛情の篭った拳をプレゼントしておいた。

・・・・・・そんなこんなで店を後にした俺達は、おっさんの家を目指し再び街を歩く。

すると、今度は小さな女の子にケツを触られた。

大人気だな俺のケツ。

この国ではこんな小さな女の子が身売りを・・・・・・・・・。

「悪ぃんだが、女っつても子供を買う訳には・・・」

「・・・・・・多分違うと思うぞ、小僧(汗)」

え? 違うの!?

「・・・・・・・・・」

良く見ると、女の子が俺に向かって両手を差し出している。

「ありがとーお兄ちゃん!!」

どうやら勘違いだったようだ。

昨日春野に貰った有りっ丈の飴玉をあげると、女の子は花が咲いたように顔を綻ばせた。

「気にしなくていいぞ? 大きくなった時、肢体で払ってくれれば・・・」

俺なりに『可愛らしいね』 と褒めたつもりだったのだが、おっさんが冷たい視線を投げ掛けるので最後まで言うのは止めておいた。

「ガトーが来てからこのザマじゃ」

走り去っていく女の子が雑踏の中に消え、タズナのおっさんが俯き加減に言った。

「ここでは、大人は皆腑抜けになっちまった・・・」

けど、少なくともおっさんは違うと思う。

「だから今・・・あの橋が必要なんじゃ・・・。
 ・・・勇気の象徴・・・。 無抵抗を決め込んだ国の人々にもう一度、『逃げない』精神を取り戻させる為に。
 あの橋さえ・・・あの橋さえ出来れば・・・、町はまたあの頃に戻れる・・・皆戻ってくれる」

誰一人戦おうとしない中、たった一人でも戦っているんだから。









―森―

サスケは今日一日の修行の甲斐あって、カカシが最初に登ってみせた高さまでは登れるようになっていた。

例えそれが助走を付けた場合に限るとしても、着実に実力を伸ばしているのは間違いない。

「うおおおおおおおお!!!」

再度木の頂上を目掛け、勢い良く駆け上がって行く。

そして10数歩目にしてまた弾かれる。

―チィ!

サスケは、最初の方に比べると遥かに高い位置まで登る事が可能になったとはいえ、その先に行く事が出来ない自分に苛立ちを感じていた。

またサスケの焦りに拍車を掛けているのは、ここには居ないナルトの存在でもあった。

半年前のサバイバル演習でカカシから鈴を奪い。

つい先日の再不斬戦で、水分身を瞬殺し更にカカシを救い出して見せ。

更に昨日の木登りにおいては、与えられた課題を難なくクリア・・・・・・・・・それも歩いて頂上まで登ってしまった。

と、数え上げれば限が無いのだが、アカデミーを卒業してから差を付けられる一方である。

サスケとしてはナルトに何があったのか知らないし、知るつもりも無い。

重要なのはナルトが常に自分の先を行き、その影を踏んでいるのが自分だという事実。

サスケはそれが、それだけが許せなかった。

「・・・サスケ君・・・」

膝を突くサスケを木陰から見守るサクラ。

まぁ見守っているのかストーキングしているのか微妙に判断に困るところではあるが、とりあえずサクラが居た。

「ぐ・・・」

サクラに見守られつつ、再び立ち上がろうとしたサスケはバランスを崩し、慌てて木に手を伸ばして傷付いた体を支えた。

「サスケ君、大丈夫!?」

瞬間、血相を変えたサクラが上忍も真っ青なスピードで駆け寄る。

どうも、恋する乙女に不可能は無いらしい。

「・・・・・・ああ」

余りの勢いに面食らいながらも、肩を支えられ無愛想に返事を返したサスケ。

「・・・・・・・・・・・・サクラ・・・」

それからたっぷりと間を置いて、決心したように口を開いた。

「何? どうしたの?」

「その・・・何だ・・・・・・コツって・・・あるのか・・・?」









―タズナの家―

「いや―――超楽しいわい。 こんなに大勢で食事するのは久し振りじゃな!」

日が沈み、タズナの家に戻ってきた面々は食事を摂っていた。

和やかに食事を勧める面々の中で、サスケだけは胃の中に詰められるだけ詰め込んでいく。

「おかわり!」

だが、それでも足りぬと追加を催促する。

「うっ!」

そして再びスプーンを取ったと思うと、青い顔をして食べた物を吐き出した。

その後、口元を拭ったサスケが食事を再開し、サクラがその世話を甲斐甲斐しく焼いたり、カカシが腕組みしつつ何か頷いていたが、ナルトは終始冷たい目でサスケを見ていた。

―ガツガツ食いやがって・・・・・・あつかましい。

昼間波の国の現状を目の当たりにしたナルトは、タズナ家の家計を気にして食事も控えめに摂っていたのだった。

―ボンボンのこいつに期待しても無駄なんだろうな・・・。

茶を啜りつつサスケから視線を外す。

実はサスケ、この歳にして大層な金持ちだったりする。

それもその筈。

イタチによってうちは一族が滅ぼされ、それまで蓄えていた莫大な資産が、唯一生き残ったサスケに必然的に転がり込んできたのだ。

よって今まで生きてきて生活に不自由した事は無いし、家には使用人まで居る始末。

まぁそういうナルトも金持ちと言えば金持ちなのだが、それらは全て自分で稼いだ金である。

しかも将来の夢の為に軍資金が必要なので、無駄遣いはなるべく控えるようにしている。

にも拘らず、何かに付けて宴会を開きたがる3人の居候と、それに便乗してただ飯にありつこうとする恋人のお陰で、自分の小遣いが削られるという悲しい現状。

そんなナルトとしては、生まれてこの方算盤弾いて胃を押さえた経験も無いお坊ちゃまに、文句の一つも言ってやりたかったが言ったところで無駄なので黙っておいた。

まぁそれはさておいて・・・。

夕食の時間も終わり、ツナミが後片付けを始めた頃だった。

「あの〜何で破れた写真なんか飾っているんですか?」

暇を持て余したサクラが、ふと壁に飾ってある額に気付き、タズナ達の方を振り返る。

額に入れられた写真に写っているのは、笑顔のタズナ・ツナミ・イナリ。

そしてもう一人、イナリの頭を撫でている手が写っているのだが・・・。

「イナリ君、食事中ずっとこれ見てたけど・・・何か写ってた誰かを意図的に破ったって感じよね」

「「「!」」」

その言葉通り、腕の主の部分が破り取られていた。

「・・・・・・夫よ」

サクラは何気なく尋ねたつもりだったが、気まずい空気が流れ始める。

「かつて・・・町の英雄と呼ばれた男じゃ・・・」

突然席を立つイナリ。

口元を固く結び戸口へ向かう。

「イナリ! 何処行くの・・・!? ・・・イナリ!!」

ツナミがうろたえた様子で呼び掛けるが、イナリは一言も発する事無く部屋を出て行った。

「父さん! イナリの前ではあの人の話はしないでって・・・いつも・・・!」

荒い口調でそう言うと、ツナミもまたイナリを追って部屋を出て行った。

「・・・イナリ君、どうしたって言うの?」

呆然と見送るサクラ。

「何か、訳ありのようですね・・・」

「・・・・・・イナリには血の繋がらない父親がいた・・・・・・超仲が良く、本当の親子のようじゃった」

カカシが話の水を向けると、タズナは大きく息を吐いた後、静かに語り始めた。

「あの頃のイナリはホントによく笑う子じゃった」

「「?」」

急に体を震わせ始めたタズナ。

その様子にナルトとカカシは疑問符を浮かべる。

「しかし・・・・・・イナリは変わってしまったんじゃ・・・・・・父親のあの事件以来・・・・・・」

しだいにタズナの両目から涙が零れ、テーブルの上に染みを作った。

「この島の人間・・・そしてイナリから、『勇気』と言う言葉を永遠に奪い取られてしまったのじゃ。 あの日・・・あの事件をきっかけに・・・」









―3年前―

当時のイナリは虐められっ子であった。

この日もまた、虐めっ子である【アカネ】にいい様にやられていた。

『ポチ―――!!』

『違う! こいつのノ前は【シューティング・スター】。 ・・・今日からオレの犬だ!!』

訳の分からない名前を恥かし気も無く言い放ち、小脇に【ポチ】改め【シューティング・スター】を抱えエッヘンと胸を張るアカネ。

『【シューティング・スター】じゃない!! ボクの【ポチ】だー!!』

アカネの舎弟に両手を押さえつけられながら、ジタバタと抵抗するイナリ。

『返せッ!! ポチはボクの友達なんだ! 誰がお前なんかにやるもんかぁー!!』

『ウルッセ―――!!』

反抗されたのが気に喰わなかったのか、それとも自分のネーミングにケチを付けられたのがショックだったのか、兎に角アカネが顔を真っ赤にして怒る。

『・・・・・・フン!』

何を思ったのか、【シューティング・スター】改め【ポチ】を海へと投げ捨てた。

『!! ポチ―――!!』

『ヘッ!! お前の大切な犬っころなんだろ? 助けてやれよ、早く!!』

半泣きで叫ぶイナリをアカネが面白そうに眺める。

水面で必死にもがいているポチ。

助けたいと思いながらも、極度のカナヅチの為海に飛び込めずガタガタと震えているイナリ。

『オラ!! 飼い主なら飛び込んでみろよ!!』

『うわぁっ!!』

アカネはそんなイナリの背中に蹴りを入れ、海へと突き落とした。

『ワン!』

『ボ・・・ボチィ―――!?』

溺れる飼い主を尻目に、犬掻きをマスターしたポチは普通に岸へと上がり、走り去ってしまった。

そしてアカネは舎弟の2人を引き連れ、ポチを追いかけて行った。

やがて、一人残されたイナリは死を覚悟し、暗い海の中へと沈んでしまう。









目を覚ましたイナリが最初に目にしたのは、照りつける太陽の光だった。

『気が付いたか坊主・・・あの悪ガキどもはオレがモロ叱っといてやったからな!』

焚き火の前で、捻り鉢巻をした顎に疵のある男が屈託の無い笑みを浮かべている。

―・・・・・・神様?

自分を助けてくれた青年が、幼いイナリには神様にも思えた。

青年は名を【カイザ】といい、外国から夢を求めてやって来た漁師だった。

イナリは差し出された焼き魚を頬張りながら、今日初めて会った男に自分の事を全て話した。

『・・・そうか・・・犬にも裏切られたか・・・。 オレの国じゃ、犬ってのはモロ義理堅い生き物じゃけどな・・・。
 まぁ、お前の方が先に犬の信頼を裏切っちゃったんじゃ仕方ねぇな・・・』

『! ・・・・・・・・・』

その言葉を聞き、自分の情け無さに落ち込んでしまう。

『怖くて体が動かなかったんだ・・・。
 助けてあげたくって・・・でも・・・ボクには勇気が無いから・・・』

『・・・そりゃそうだ・・・お前位の子なら誰だって怖いに決まってる。
 でもな・・・ボウズ、これだけは憶えとけ』

カイザは泣きじゃくるイナリの頭にそっと手を乗せ、暖かい眼差しを向け言った。

『・・・男なら後悔しない生き方を選べ・・・』

『え?』

ハッとしたように、涙を滲ませた小さな瞳がカイザを見上げた。

『自分に本当に大切なモノは・・・辛くても悲しくても・・・頑張って頑張って・・・例え命を失うような事があったってこの2本の両腕で守り通すんだ!!』

カイザは右腕を突き出し力こぶを作ると、はにかむように笑った。

『そしたら例え死んだって男が生きた証はそこに残る・・・永遠に・・・だろ?』

「ウン!」

力強く頷いたイナリの顔にはもう、暗い影は残っていなかった。

そして、この日を境にイナリはカイザの後を着いて回るようになった。

まだ物心のつかない内に本当の父親を亡くした所為もあっただろうが、それ以上に強くて優しいカイザに対する憧れが強かったのだろう。

何かに付けてはその後ろを着いて回り、彼の格好や仕草を真似たりもした。

そんな2人を見た人々は、口を揃えて『本当の親子のようだ』と微笑み、イナリの母親であるツナミもそれを強く望んだ。

やがてイナリとツナミの願いが叶い、カイザが正式に家族の一員となった頃、波の国を記録的な豪雨が襲った。

降り続いた雨によって河の堰が決壊し、このままでは町全体が水の中に沈んでしまう。

当然カイザは立ち上がった。

周囲の人々が諦める中、体にロープを括りつけ濁流の中に飛び込み、文字通り体を張って堰を閉じて見せた。

その活躍によって被害はそれ以上広がらず、国の人々はカイザを『英雄』と褒め称え、イナリにとっては胸を張って誇れる父親となった。

・・・・・・・・・・・・ガトーが来るまでは。









『いいか! この男は我が『ガトーカンパニー』の政策に武力行使でテロ行為を行い・・・・・・』

両腕を切り落とされたカイザが磔にされていた。

波の国に訪れた血も凍るような惨劇。

人々は声を失い、英雄の最期をただ呆然と見ているしかなかった。

『この国の秩序を乱した・・・よって制圧しこれより処刑する! ・・・二度とこんな詰まらぬ事が起きぬよう、私も願うばかりである」

言葉とは裏腹に下卑た笑いを浮かべるガトー。

『父ちゃん!!』

イナリは叫んだ。

金網に指を食い込ませ、喉が枯れてしまう程。

磔にされたカイザはイナリの方を向き、うっすらと笑みを浮かべた。

血に塗れボロボロになるまで痛めつけられて、それでも尚、瞳に強い意志を宿し笑っていた。

『やれ・・・・・・』

ガトーの去り際の呟き。

それとほぼ同時に抜き放たれる刃。

『父ちゃ――――んっ!!』

英雄の生命の灯火が、消えた瞬間だった。

『ボクを・・・国の人を・・・2本の腕で守るって・・・守るって言ったじゃないか―――っ!!』

不可能を可能にするのが英雄ではなかったのか?

『・・・・・・父ちゃんの嘘吐き―――――っ!!』

結局、イナリの信じた奇跡は・・・・・・・・・起きなかった。









全てを語り終えたタズナ。

「それ以来イナリは変わってしまった・・・そしてツナミも・・・町民も・・・・・・」

今は大きな体躯が一回り小さく見える。

サスケやサクラも、下を向いたまま一言も喋ろうとはしない。

2人とも忍とはいえ精神的にはまだまだ子供である。

内容が重すぎた為、何と言って良いか分からなかった。

―・・・・・・やだな、この空気・・・・・・。

居心地の悪さに顔を顰めつつ、無言で席を立つ。

「ちょっと、何処行くのよ!?」

「・・・散歩・・・」

サクラの声に素っ気無く答えると、静かに部屋を後にした。

それから数日の間、ナルトが帰って来る事はなかった。






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