NARUTO
〜九妖忍法帳〜 16話目
―火影邸の屋上―
ナルトが下忍となってから1ヵ月が過ぎた頃、木ノ葉では里を挙げての慰霊祭が行われていた。
事件の翌年から、数えて15度目の慰霊祭。
降りしきる雨の中、黒い喪服に身を包んだ参列者達が、当時の犠牲者の喪を弔っている。
人の悲しみは時間が癒すと誰かが言った。
だが15年の歳月が経た今でも、やはり悲しみを断ち切れぬ者達がいるようで、会場のあちらこちらからすすり泣く声が聞こえてくる。
今日は10月10日。
四代目を始め多くの忍達が、多くの里人が帰らぬ人となった忘れえぬ日。
同時に、憎むべき相手が生を受けた忌まわしい日だった。
自分達の家族を奪った化け物がのうのうと生きている。
里人の筋違いの怒りと憎しみが場を満たしていく。
―ウザったいわね・・・。
濁り切った空気に、アンコは内心白けていた。
鬱陶しい雨音が気に食わない。
里の英雄四代目を讃える影でその息子を憎み、その行為が英雄を蔑ろにしていると気付きもしない連中が酷く気に食わない。
そしてこの辛気臭い慰霊祭も気に食わない。
―あ〜あ・・・何泣いてんのよコイツ等。 バッカじゃないの?
自分達の命が一体誰の犠牲の上に成り立っているのか、それを良く考えて泣け。
自分達の不始末のツケを幸せになる筈だった親子に押し付けて、それを知ろうともせずに平気で被害者面をするな。
出来る事ならそう言ってやりたかった。
―四代目・・・アナタもそう思いませんか?
悲しげな顔で顔岩に目を向ける。
当然答えなど帰って来ない。
だが、アンコには雨に打たれた四代目の顔岩が、まるで泣いている様に見えた。
―同時刻・うずまき邸―
降り注ぐ雨が窓を激しく叩き、水滴が軌跡を描く。
太陽の光は雲に遮られ、暗く沈んだ部屋の中に2人の男女がいる。
「・・・雨、止みませんね」
雪が憂鬱そうに言った。
普段の間延びした口調ではなく、彼女本来の口調に戻っている。
「・・・そうやね」
床に寝そべった夜空が素っ気なく返した。
「「・・・・・・」」
会話が続かない。
この日は毎年こうなのだ。
元々他国の忍であった2人には、木ノ葉の慰霊祭など関係も関心もない。
だが10月10日はナルトの生まれた日であり、ナルトの父親と玉藻の愛息が永眠した日である。
玉藻は気にせずに祝ってやれと言い、ナルトは玉藻の為にも祝う必要はないと言う。
2人はそれだけ言って、それぞれに出掛けてしまった。
これが毎年繰り返しなのだ。
当人同士の折り合いが付かない限りどうする事も出来ず、ただ時間が過ぎるのを待つだけの1日。
「・・・2人とも、少しは泣き言ってくれても構わないんですけどね・・・」
雪の顔に苦笑が広がる。
「あん2人には無理やと思うけどね・・・せっちゃんにしてもそうやし」
「・・・・・・夜空さんもじゃないですか」
基本的にうずまき家の人間は、泣き言や傷の舐め合いを嫌う。
彼等は皆一様に挫折を経験した者達である。
腕を失くし里に捨てられた夜空。
里の仲間に裏切られた雪。
信じていた師に呪印を刻まれたアンコ。
玉藻は護っていた人間達に我が子を殺された。
それぞれ形は違えど絶望を経験した者だからこそ、泣き言が救いにならない事が身に沁みて理解出来ている。
過去を悔やむ暇があるなら、今を見据えて一歩でも進む。
それが彼等が経験から学んだ事だった。
中でも特に、この家の大黒柱とその従者は人に頼ろうとしない。
どちらも筋金入りの頑固者だ。
頼もしくあるのだが、少しは頼ってほしいと思う時もある。
「「はぁ・・・」」
そんな矛盾した考えを廻らせながら、2人は天井に向かって苦笑交じりに溜息を吐いた。
そしてポツリとこう言った。
「「誕生日おめでとう」」
―同時刻・火の森―
冷たい雨の中、玉藻は傘も差さず静かな森に佇んでいた。
彼女の赤い瞳は、足元にある積み上げられた石と、石の前に添えられた白い花だけを写している。
見ている石は墓。
15年前に永遠の別れを告げた我が子の墓。
腹を痛めて産んだわけでも男女の契りによって産んだわけでもないが、それでも大切な我が子だった。
花を供えてくれたのは自分が主と仰ぐ唯1人の少年。
自分の子が天に召された同じ年、同じ日、同じ時刻に生まれ、自分を解放した後も妖魔のチャクラを有する少年。
不思議な運命を感じさせずにはいられない。
玉藻は複雑な表情になり、過去に思いを馳せた。
ナルトは本来、英雄となる筈だった。
天才と誉れ高き四代目火影の実の子として、里の寵愛を一身に受けて育ち、末は里を導く忍となる筈だった。
だがそうはならなかった。
ナルトは里を襲った妖の器として、里の憎悪を一身に受けて育ち、ただ死だけを望まれて生きてきた。
だがそれでもナルトは負けなかった。
謂れのない憎しみにも。
捻じ曲がった運命にも。
最強の妖魔である自分にも。
初めこそ憎んでいたものの、ナルトの心に触れる内に、いつしか玉藻の心は変わっていた。
そしてある時玉藻はナルトに問い掛けた。
『貴様は何故泣かぬ?』
『何故心を失わぬ?』
『何故私を憎まぬ?』
その問いにナルトはこう答えた。
『泣いても誰も助けてくれない。 泣いても大人が喜ぶだけ。 だから泣かない』
『ジィちゃんがいる。 テウチのおじちゃんも、アヤメ姉ちゃんもいる。 だからさみしくない。 苦しくない』
『なんで憎むの? ずっと一緒に居てくれたのに・・・・・・』
『・・・・・・勝てぬ筈だ・・・・・・』
玉藻はそう悟った。
幼子は始めから闇など見ていなかった。
暗闇に差し込む一筋の光だけを見据え、懸命に前に進んでいたのだ。
最強である筈の自身ですら、闇に染まり絶望に囚われたと言うのに・・・・・・。
この日、玉藻の闇を一筋の光が照らした。
そしてこの日を境に、玉藻はナルトを主と呼ぶようになった。
何よりも強く誰よりも優しい心の持ち主、それが玉藻にとってのナルトだ。
「私としたことが・・・・・・フッ、らしくないな・・・」
顔を上げ、薄暗い空を見上げる。
いつまでもくよくよ悩んでいると、仲間達から笑われる。
時折過去を振り返る事もあるが、玉藻は確かに今を見据えていた。
「・・・・・・母は幸せにしているぞ」
玉藻は優しい顔で呟いた。
「だから案ずるな・・・・・・・・・九陽」
愛しかった我が子の名を・・・・・・・・・・・・。
―慰霊祭終了後―
慰霊祭が終わった後、大通り脇の薄暗い路地裏で、数人の忍達がナルトを取り囲んでいた。
負の感情を籠めた拳がナルトに痣を作り、その度に響く鈍い音を雨音がかき消していく。
「この化け物が!!」
「死ね!! 死んじまえ!!」
「お前のせいで・・・お前のせいで・・・!!」
男達は次々に罵声を浴びせ、無抵抗のナルトを散々に痛めつける。
―知らねぇよ・・・。 それにしても、この雨ん中ご苦労なこって・・・・・・。
あ〜どうでもいいからさっさと終わんねぇかなぁ・・・・・・。
だが当の本人は無表情。
その態度が余程癪に障ったのだろう、男の1人が倒れたナルト胸倉を掴んで引き起こし、力任せに壁に叩きつけた。
―今のは少し痛かった・・・。
力の限り打ち付けたというのに、ナルトは表情を崩すどころか呻き声1つ上げなかった。
「なんだその目はァああ!!!」
逆上した男は掴んだ襟を締め上げ、地から足の離れたナルトに大声で喚き散らす。
―・・・汚いから唾飛ばすなよおっさん。
しかしやはり無表情を貫く。
同じセリフを耳にタコが出来る程聞いてきた。
謂れのない暴力を何度となく受け続けてきた。
これもいつもの事だ。
・・・・・・・・・ただ、今日のナルトは機嫌が悪かった。
理由は本人にも良く分かっていないが、何故か10月10日は毎年イライラしている。
自分の仲間に当り散らす様な真似はしないが、里人に対しての感情を押さえるのには一方ならぬ苦労を要する。
もっとも里人が気に入らないのは普段からだが、今日この日ばかりは憎しみの度合いが違う。
それこそ、常々殺す価値もないと思っている目の前の連中を今この場で八つ裂きにしたくなる程だ。
「プッ!」
だが三代目との約束がある為、そういうわけにもいかない。
ナルトは腹いせに唾を吐いた。
「ぐあっ!! ・・・・・・テメェ!!!」
血の混ざった赤い唾が頬を伝い、男は顔を歪めて殴りつけ、倒れたナルトをけり続ける。
生まれてこの方、何をされても無抵抗で通してきたナルトが、ほんの僅かだが初めて抵抗した。
それは男達が我を忘れるには十分すぎる理由だった。
―げっ! そりゃちっとやばいだろ!?
暴行は止まる所を知らず、仕舞いには傍にあった角材や石まで使い出す始末。
やがて男が手にした角材が、大きく頭上に振り上げれ・・・・・・
「さっさと死ねよ! 化け狐!!」
ナルトの額目掛けて振り下ろされた・・・・・・・・・。
その頃。
シカマル・シノ・いの・ヒナタの4人が、ナルトの居る路地裏の傍の大通りを通りかかっていた。
子供達は傘を差しておらず、黒の喪服をずぶ濡れにして歩いている。
「あ〜・・・こんな雨の日に慰霊祭なんかやるんじゃねぇよ・・・ったく」
「ほんとよね〜・・・毎年の事だけど肩こったわー」
いのは辛気臭い事が嫌いで、シカマルはめんどくさい事が嫌いだ。
けしからんと言われれば否定は出来ないのだが、15年前の事件は彼等が生まれる前の出来事だ。
だいいち妖魔など教科書でしか見たことがない。
一応父親達から話には聞いているが、それがどんなものなのかは想像も出来ない。
犠牲者には気の毒だが、はっきり言って実感が湧かないのだ。
だからいのやシカマルにとっては、慰霊祭などただじっとしているだけの退屈な行事でしかなかった。
ヒナタにしてもそれは同じで、彼女は慰霊祭の間ずっと別の事が気になっていた。
「・・・ナルト君、来てなかったね」
ナルトとは下忍になってからまだ一度も会っていなかった。
もしかすると今日は会えるのではないか、と期待していただけに落胆の色を隠せない。
「あいつは毎年来てねぇだろ・・・・・・多分、サボりだな」
雨で重くなった髪を掻きながら、シカマルが羨ましそうに言った。
「そ、そんな事ないと思うけど・・・シノ君もそう思うで・・・・・・・・・・・あれ、シノ君は?」
ヒナタがシノに同意を求めたが、隣を歩いていた筈のシノはそこに居なかった。
3人はシノが足を止めた事に気が付かずそのまま歩いていたようで、シノとの間に結構な距離が開いていた。
「何やってんのよシノー! 置いてくわよー!」
いのが大声で叫んだが、シノはその場を動こうとはしなかった。
「待て・・・・・・何か聞こえる」
呼び止められた3人がシノの元に歩いていく。
「気のせいじゃねぇのか?」
シカマルは眉を寄せたが、シノの異常とも言える聴覚は大量の雨音の中に微かな違和感を感じていた。
「・・・少し静かにしていろ」
他の3人は顔を見合わせ、シノは静かに目を閉じて両耳に手を沿える。
そして研ぎ澄まされた聴覚が、違和感の正体を掴んだ。
「・・・どうやら揉め事のようだ。 あの角を曲がって100m先、数は・・・・・・全部で6人だ」
音だけで正確な人数を割り出し前方を指差す。
「アンタ何落ち着いてんのよ!? さっさと止めに行くわよ!!」
「いのちゃん!?」
揉め事と聞いて正義感の強いいのには放っておけなかった。
頭で考えるよりも先に体が動き、シノが示した方へ走り出していた。
「どうする?」
「ちっ! めんどくせーが行くしかねぇだろ!!」
いのに続いてシカマルが駆け出し、シノとヒナタもそれに続いて駆け出した。
角を曲がった所で子供達は足を止めていた。
「ちょ・・・なによこれ! まさか血!?」
地面を見下ろしたいのの表情が強張る。
路地裏へと続く僅かに傾いた地面、その傾斜に沿って流れてくる雨水に黒ずんだ赤が混ざっていた。
「おいおい・・・冗談だろ!?」
シカマルだけでなく、そこにいた全員が息を呑んだ。
尋常ではない大量の血液による赤い小川。
この冷たい雨の中でこれだけの血を流せば、下手をしなくとも死んでしまう。
「ヒナタ、お前はここに居ろ。 それと・・・何かあったらすぐに逃げろ」
この先で起こっている事をヒナタに見せてはいけない。
シノはそう判断した。
「うん。 シノ君も・・・気をつけてね・・・」
ヒナタはシノの言葉に従いその場に留まった。
「・・・・・・行くわよ2人とも!」
「ああ」
「チィ! 分かってるよ!」
いのを先頭にした3人は、血の川を辿って再び走り出した。
3人の目に飛び込んできたのは血塗れの少年だった。
自分達より少し年上で、里でも珍しい金色の髪を持った少年。
その少年が数人の男達に取り囲まれ、地に這い蹲っている。
そして男達の手にした凶器は赤かった。
降り止まない土砂降りの雨も、染み込んだ血を洗い流す事は出来なかった。
「アンタ達!! ナルトに何してんのよ!!!」
真っ先に飛び出したのはいのだった。
ナルトを庇うように両手を広げ、男達の前に立ちはだかる。
何故殴られているのかは分からない。
何か理由があるのかも知れない。
だが、ナルトが傷付いて倒れている。
それ以上の理屈などいらなかった。
「おっさん、そいつが何したか知んねぇけどなぁ・・・・・・いくら何でもやり過ぎだろ・・・!」
シカマルもいのの隣に立ち、男達を睨み付けた。
滅多に出す事のないドス利いた声を出し、自分でも驚く程腸が煮えくり返っている。
「・・・立てるか?」
シノはナルトの前に片膝を突き、紅く染まった髪を掻き分け出血を確認する。
「・・・何でお前等が・・・!?」
3人の姿を確認すると、どれだけ殴られようとも、どれだけ血を流そうとも、けして表情を変えなかったナルトが初めて反応を示した。
「何だこのガキ共?」
「おい待て! ・・・こいつ等旧家のガキだぜ!?」
男の1人が3人を知っていたらしく、慌てて仲間の肩を掴んだ。
その男はかなり焦っていた。
旧家の当主達は今までナルトを何度も助けてきた。
それこそ手段を問わず、危害を加える者達を叩きのめした事もある。
目の前の子供達が親に告げ口でもすれば、中忍の自分達など一溜まりもない。
旧家の当主達は名実共に、肩書きだけの上層部など比べ物にならない程の実力者達だ。
男にはそんな相手を敵に回すだけの度胸はなかった。
だが、別の男は肩を掴む手を振り解き、下卑た笑いを漏らし3人を睨んだ。
「何ビビってんだお前? ようは口を割らせなきゃいいんだ・・・・・・よ!!」
「がっ!!」
「シカマル!!」
いのが倒れたシカマルに向かって叫ぶ。
いくら親が力を持っていても所詮は子供。
死なない程度に痛め付け、恐怖心を植え付ければ妙な真似はしないだろう。
男はそう高をくくった。
だが、その時点で男は見誤っていた。
目の前に居る子供達は、理不尽な暴力に屈する様な軟弱者ではない。
幼いながらも親の意思を受け継ぎ、それ相応の覚悟を持った立派な忍である。
その証拠に、シカマルは頭から血を流しながらも、男を睨む眼光は全く衰えていなかった。
明確な敵意を持った鋭い瞳に、中忍である筈の男ですら一瞬呑まれてしまった。
そしてシノがその隙を衝いて、すぐさま拳を繰り出した。
「ぅぇえ!!」
子供だと思って油断していた男に、体重の乗った申し分のない突きが命中する。
男は嘔吐感が込み上げ、腹部を押さえて両膝を突いた。
シノは倒した相手に目もくれず、続け様に攻撃を仕掛けようと動いたが、今度は2人掛かりで組み伏せられてしまう。
顔を血溜りの中に押し付けられ、シノは奥歯を鳴らした。
―・・・クソ、体が動かねぇ!!
シカマルは立ち上がれなかった。
頭部を殴られた事で視界が定まらず、思うように力が入らない。
―こんな場所で影真似やっても、大した効果は期待出来ねぇ・・・どうする!?
術で動きを止めようにも、影真似の術は光の強弱によってその効果が左右される。
空を覆う雨雲によって太陽の光が得られない上に、今居る場所は薄暗い建物の間。
シカマルが術を使うには最悪の条件だった。
だが状況は刻一刻と悪くなっていく。
1人の男が壁の脇にあった瓶ダースから一本の空瓶を取り出し、ナルトを護るいのの頭上に振り上げた。
―まずい!!
組み伏せられたシノは助ける事が出来ず、己の不甲斐なさに血が出るまで歯を食いしばった。
―クソが!! 動きやがれ!!!
シカマルは震える体に鞭打ち懸命に立ち上がろうとした。
振り下ろされた瓶が甲高い音を奏で、左右の壁に鮮血が飛び散った。
砕けた破片が雨と共に降り注ぎ、金色の髪が血に塗れていた。
ただし、それはいののものではなくナルトのものだった。
立ち上がったナルトは左腕でいのを抱き寄せ、右腕で頭を抱え込んでしっかりと護っていた。
「・・・う・・・うそ・・・?」
いのは呆然となった。
いや、いのだけではなく、その場に居た全ての者が言葉を失った。
立ったまま死んでいるのではないかと疑ってしまう程、今のナルトからは生気が感じられなかった。
「っ!! 化け物の分際で何やってやがる!!」
ナルトが邪魔をしたのが癪だったのか? それとも人を庇ったのが気に入らなかったのか?
身を挺して1人の少女を護ったナルトに男が唾を吐いた。
そして男は再びいのに狙いを定めると、今度は割れた瓶を一直線に突き出した。
既に刃物に成り果てた瓶が眼前に迫り、いのは思わず目を閉じた。
「!!!」
だが、今度もそれがいのに届く事はなかった。
いのは暗闇の中で自分の顔に生温い感触を感じた。
恐る恐る目を開けた先にあったのは、ビール瓶を受け止めて真っ赤に染まったナルトの右手。
尖った瓶の先端が手の平を突き破り、溢れ出た血がボタボタと滴っている。
「悪い・・・・・・・・・血が付いちまったな」
「ア・・・アンタ・・・だいじょうぶ・・・なの・・・?」
顔を血に染めて震えるいのに、ナルトは平然と言い放った。
それも手の甲から瓶が生えた状態で・・・。
「・・・・・・まだ生きてやがったのか!?」
動揺から立ち直った男が、舌打ちをして瓶を引き抜こうとする。
「!! っっ!! くそ、離せ!!」
だがどれだけ力を籠めてもピクリとも動かず、両手で試してみるがビクともしない。
やがて唐突にナルトの顔が上がり、男の顔から血の気が引いた。
「・・・・・・・・・・・・いつまでも調子に乗るな」
「ヒッ!!」
ナルトは血を撒き散らしながら、押さえ付けていた瓶を握り潰した。
―なんだこれは!? ・・・・・・蟲が騒ぎ出した!?
それは恐ろしいまでの圧迫感。
今まで子供達が見てきたナルトではない。
異様な雰囲気、異様な殺意、異様なチャクラ・・・・・・。
そして何より異彩を放っていたのは、その両眼だった。
いっそ鮮やかなまでの深紅。
深く、深く、吸い込まれる様な紅い瞳。
―・・・おい、マジかよ・・・!! 何なんだよこの殺気は! ・・・・・・有り得ねぇぞ!?
シカマルの感じた威圧感は、到底一介の下忍が身に纏うものではなかった。
はっきり言って桁が違う。
自分達の父親であっても、これ程強烈な殺気を放つ事は不可能だろう。
「そいつを放せ」
周囲を圧倒しつつ、ナルトは淡々と告げる。
冷え切った声が響き、2人の男は言われるままにシノの拘束を解く。
しかし、最早許す気などない。
唯でさえ虫の居所が悪い時に嬲られ、それだけでは飽き足らずいの達まで傷付けた。
男達の度重なる悪行の末に、ナルトは我慢の限界などとっくに超えていた。
「いの・・・目を閉じてろ」
さっきまでとは違い、暖かい音声でいのに語りかける。
ナルトの腕から解放され、いのはその場に立ち尽くした。
―あれが・・・・・・ナル・・・ト・・・?
いのから目を離しナルトが再び殺意を宿した。
今まで見たこともない表情に頭が真っ白になった。
感じたことのない殺意に膝が笑い背筋が凍る。
だが、
―・・・・・・綺麗・・・。
爛々と輝く紅い瞳を美しいと思った。
ナルトの事が恐ろしい筈なのに、どうしても目を放す事が出来なかった。
そんな中、ナルトが歩を進め男達との距離が徐々に詰まって行く。
そしてゆっくりと手を伸ばしたのだが、それが触れる寸前でナルトが止まった。
「そこまでにしておけ」
突然声が響き、子供達の視線が集まった。
「・・・玉藻・・・」
「・・・随分と艶やかになったな」
ふざけた物言いだが、その表情は険しかった。
「・・・・・・あ〜・・・・・・その・・・すまん」
玉藻の姿を確認し、ナルトから敵意や殺意が綺麗さっぱり消え失せ、瞳も元の蒼色を取り戻した。
目の前で腰を抜かしている連中に生きる資格があるとは思えないが、ナルトは三代目との約束を反古にする気はない。
先程までは怒りに身を任せていたが、玉藻が怒っているのを見て冷静になれたようだ。
「・・・・・・消えろ」
玉藻の眼光が凄みを増し、ナルトを傷付けた者達を威圧する。
男達は玉藻の言葉に従い震える足で逃げようとするが、急に体の自由が利かなくなった。
「どこへ行く? 私は失せろと言ったのではなく、消えろと言ったのだ」
玉藻が死刑宣告と共に指先を噛み切り、傷口から一滴の血が地面に零れる。
すると紅い波紋が広がり、水の上に複雑な模様を描き出す。
「・・・・・・喰らい尽くせ」
その模様から青白い狐の大群が現れ、男達に喰らい付いた。
狐達が皮膚を食い破り、肉を引き千切り、骨を噛み砕いて生きたまま貪り続ける。
まさかこうもあっさり殺すとは思っていなかった。
凄惨な光景にシカマルは目を逸らし、いのは腰を抜かしてしまった。
この場で表情を崩していないのは、シノとナルトだけであった。
・・・・・・・・・・・・ちなみに玉藻は含み笑いを漏らしていた。
やがて食事を終えた狐達は姿を消し、ナルトはハッとなった。
「・・・・・・・・・おい。 俺が殺さんでも、お前が殺しちまったら意味がねぇんだが」
「約束したのはお主だ。 私には関係ない」
玉藻はナルトの講義を一蹴し、子供達に目を向けた。
ただ、その時いのとシカマルがビクッとしたので少し傷付いた。
「そこの小僧、立てるか?」
以外にナイーブな玉藻は、子供達が怯えない様に出来るだけ優しい声色で手を差し伸べる。
「え!? あ、はぁ・・・何とか大丈夫っス」
シカマルは片手で頭を押さえながら、その手を取って立ち上がった。
先程までの冷淡な姿が脳裏に焼きついて、警戒心が抜けきらずやや体が強張っている。
「傷は大丈夫か?」
シノはナルトの元へ近寄り、傷口を覗き込んだ。
ナルトは大量の血を失っていて、これが常人であれば立つ事もままならない。
「ああ、一応な」
だがナルトは頭に付いた瓶の破片を払いながら、平淡に答える。
それに対し、シノも特に追求しようとはせずに『そうか』 とだけ言って頷く。
あまりにも冷静なシノの態度に、ナルトは正体がバレたのではないかと内心焦る。
しかしそれを確認する術は何もない為、ナルトは突っ込まれないだけ儲けものだと割り切る事にして、隣でへたり込んでいるいのに目を向けた。
「怪我してねぇか、いの?」
屈みこんで目の高さを合わせ、覗き込んでみたが返事がなかった。
惨たらしい光景のショックが強すぎたのだろう、心ここに在らずと言った感じで何の反応もない。
「お〜い・・・いの〜?」
ナルトは声のボリュームを上げて呼びかけ、顔の前でヒラヒラと手を振った。
「・・・・・・・・・え? ナ、ナルト・・・・・・?」
暫くして意識が戻り、いのはぼんやりとナルトを視界に捉える。
「・・・・・・!! ナルト!! アンタ傷は大丈夫なの!? どっか痛い所ない!?」
いのは意識は戻っていても、判断力までは戻っていなかった。
座り込んだまま怪我人の肩を掴み、力一杯前後に揺さぶる。
「いだだだだだ!!! ちょ!! 止めろ!! 頼むから揺すんな!!」
ナルトはいのの腕を何度も叩き、激しくギブアップを訴えた。
・・・・・・ついでに既に治りかけていた傷口が再び開いてしまった。
「あッ!! ゴメン!!」
解放されたナルトは、上目遣いで見つめられ、『後2年早く生まれてくれたら・・・』 と心の底から後悔した。
「ねぇ・・・顔色悪そうだけど・・・」
ナルトが痛みで顔を歪めていると勘違いし、いのはますます不安になった。
「あ、ああ! まぁ、とりあえずは大丈夫だ。 ・・・・・・見た目の割りに傷は深くねぇし、血も止まってる」
ナルトはアホな事を考えていたと反省しつつ、適当な言い訳をして髪を掻き上げた。
見せられた傷口は確かに血が止まっていて、先程の出血がまるで嘘の様に小さなものだった。
いのは合点が行かず、傷口をまじまじと見つめ首を傾げる。
隣で見ていたシノは、ナルトの異常なまでの回復力に気付いたが、表情を変える事もなく何も聞かなかった。
「ところでいの。 ・・・・・・立てるか?」
そしてナルトはいのの考えが纏まらない内に声をかけ、色々と追求される前に話を有耶無耶にした。
「う、うん・・・・・・。 ・・・よっ・・・てアレ?」
ナルトの目論見など露知らず、いのは反射的に返事をして腰に力を入れる。
だが僅かに腰が浮いただけで、そのまま尻餅を搗いてしまった。
派手に転んだのをバッチリ見られかなり恥ずかったらしく、頬を染めつつ慌てて立ち上がろうとする。
けれど何度挑戦しても、虚しく地面の水が跳ねるだけ。
頭では立ち上がろうとしているのに、何故か体が言うことを利かない。
「ひょっとして・・・・・・・・・・腰が抜けてんのか?」
「う、うっさいわね!! 何か文句でもあんの!?」
「い・・・いや・・・。 文句はないんだが・・・・・・」
あっさりと図星を指され、顔を真っ赤にして怒鳴るいのに一瞬身を竦ませる。
「・・・・・・・・・」
「は、ははは・・・」
いのはすっかり機嫌を損ねてしまい、頬をぷっくりと膨らませて恨めしそうにナルトを睨んだ。
ナルトは乾いた笑いで誤魔化し、謝罪のつもりなのか背中を向けて乗れと催促した。
いのは少し躊躇ったが、立ち上がれないのは事実だ。
それに、ヒナタもこの雨の中待っているだろう。
いつまでもここでジッとしていても仕方がないので、少々気恥ずかしく思いつつ提案に従った。
「とりあえず、いのを家に送るぞ?」
いのを背負ったナルトが、シノとシカマル、そして玉藻に声をかけた。
「ああ」
シノは特に追求しようとせずに頷いた。
「つーかよ・・・お前何で殴られてたんだ? それと、この姉ちゃん誰?」
色々と納得の行かないシカマルは説明を求める。
「小僧、人を指差すな。 話ならその小娘の家ですればよかろう?」
確かに人を指差すのは行儀が悪いが、人を顎で指すのもどうかと思う。
ついでに『お前は人じゃねぇだろ・・・』 と突っ込みたいナルトだった。
「そりゃ、そーっスけど・・・」
「シカマル、ブツブツ言わないのー。 怪我の手当てもしなきゃいけないのよー?」
「・・・ヒナタも待っている」
「・・・・・・・・・わーったよ」
他の面々がこの場に止まる気がない以上、自分が何を言っても仕方がない。
シカマルはやはり納得が行かないものの、他の者に従うことにした。
こうして、一応話がついた所で、ナルト達はいのの家に向かうのであった。
しかしこの出来事が、後の彼等の人生を大きく変える事になる。
・・・・・・・・・・・・・・・のだが、それはまだまだ先の話である。